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残る後始末その7-4


 走馬燈が頭の中を駆け巡る。生まれてから今までの記憶が順々に、そして一気に流れ出し流れ込んで人生の終わりの真っ暗な風景が(「緊急時につき失礼」)そこに……あら?

 風景が様変わりしていた。

 けど、あの世にしてはおかしかった。先刻まで見ていた景色と大して変わっていなかったから。

 自分を押し潰そうとしていたものが消えて、変わりにそこには大樹よりも存在感があり、立ち振舞い全てに洗練された美が宿っている淑女が立っていた。

 「お怪我は?」

 「……あり、ません。」

 腰が抜け、何かに腰掛ける形になった。

 まだ、走馬燈がうっすらと風景に重なって見える。

 「……動転しているだけのようですね。では、どうぞこれを。」

 出されたのは小さな水筒。だが洗練された意匠はその価値を映し出していた。

 「落ち着いたら、飲むと良いでしょう。

 見ず知らずの人間から貰ったものが怖いということでしたら捨てて頂いても構いません。

 急ぐので、私はこれで。」

 美しき礼。振り返って颯爽と行こうとするところを、止めた。

 「ありがとう、どうか、お名前を……」

 まだ舌っ足らずな状態で絞り出したその言葉を聞いて真っ直ぐに伸びた背中が止まり、少し振り返って言った。

 「フィアレディー。通りすがりの者です。

 以後気を付けてください、それでは。」

 今度こそ颯爽と消えていった。

 自分を潰そうとしていた枯れ木に座っていることに気が付いたのは、衝撃的に美味しい水筒の中身を飲んでからの事だった。





 「食事の方は終了。入浴の方も落ち着いて、宿屋の部屋数に不足はありません。

 特別これと言ったクレームも無く、問題という問題は……まー、ありません。」

 ファイ=チードは意味深な視線を送る。受け取ったイタバッサもそれを見て浅く頷いた。

 「お疲れ様です。ところで、迷子センター(・・・・・・)の方はどうなっていますか?」

 この村と町に『迷子センター』というものは無い。そもそも、そんなものを作る予定も無い。

 「あぁ、閑古鳥が鳴いとります。迷子なんて一人も(・・・)見付かっとりません。本当に迷子がいるのか……」

 わざとらしく肩を竦めて見せる。その回答に対してイタバッサは少し考えた後、口を開いた。

 「これだけの広さの町です。町の外に出ていないとしたら、一人もいないなんて事は考えられません。

 人員を増やしておきましょう。」

 「……居るかどうかもわからん、居もしない迷子のためにそこまでやるんですか?」

 首を傾げる。これはファイの本音だった。

 「えぇ、町の状態も落ち着いて、それなりに余裕があります。

 その余裕分を使って何か困ったことが起きる前に未然に防ぐ……その方が案外無駄無く無事に事を済ませることが出来ますから……ね。」

うっすらと笑ってイタバッサはそう言った。だが、ファイは覚えている。イタバッサの薄笑いはこんなものではなかったと。

 そしてファイは覚えている。この表情は商会幹部のキリキと共に仕事をした時、建物よりも大きなイノシシを五頭まとめて素手で文字通り殴って吹き飛ばした時に見せたもの。

 苦笑い、あるいは苦笑と呼ばれるものだった。


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