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自称そこそこ天才は駆け寄って患者を治療し始めていた。
死にかけ。というよりこれで本当に生きているのか怪しい状態だ。
ラボで人間を苗床にしていた輩がいた。あれは寄生だったが、これは違う。
寄生しているというより捕食している様に見える。
蔓の方に余力が無くなり肉の体に張っている根から肉の命を吸い上げ生きる。吸い上げる物が無くなるまで多分吸い続ける。
今は死にかけている、両方共。
だから必死になって根から吸い上げることに専念していてこちらを排除する余裕が無い。
「これなら一人でもやりようはある。シェリー嬢、任せて欲しい……。
あぁ、『任せて欲しい』というのは、この若人の命はこの自称そこそこ天才が絶対に助けてみせるという意味だ。
絶対に助ける。だから、もう一人を助けてくれないか?」
手元の魔道具を広げながらこちらを見ずに自称そこそこ天才は言った、そう断言した。
「……お願いしてもよろしいですか?」
「承った。そして、必ず助ける。今度こそ失敗しない。」
その言葉には重みがあった。
「『人は変わる。これから変わる。』……なら、今この瞬間が『これから』だ。」
その後の呟きの意味は現状我々には知りようがないものだ。そして、今はそれを考える意味も無い。
こちらも任されたのだから。
「もう一人は私が助けます。」
シェリー君が自称そこそこ天才に背を向けた。
地面が盛り上がり、割れる。
そこから生えて来た芽が急成長して木になり、足を象り、胴体を象り、頭を象った。そうして見覚えのある形になった。
もう一人。あの村で手厚い歓迎をしてくれた四人の一人、クアットがシェリー君の目の前に立つ。
「お前らさ、気持ち悪いって自覚しろよ。」
当初の冷静で紳士的を装う口調がもう崩れていた。
また地面が割れて同じ形のクアットが生えてくる。
「自分達は良い人です。この村のために働く立派な人です。ってさ。」
忌々しいと言わんばかりの表情が地面から生えてくる。
「で、今もトーレー救います、自分達の敵も治します。どうです優しいでしょう?って見せつけてさ。」
こちらを睨む目が作られ、そこから体が生えてくる。
「気持ち悪いんだよ、偽善者が。」
吐き捨てる。
同じ骨格同じ顔で同じ声の人間の木が10本。シェリー君の前に立ち塞がる。
偽善。
偽善ねぇ。
村人の中に紛れ込んでいたろくでもない老害医師を引っ張り出して凶行を止めた。
どこからか湧き上がる霧の正体を掴むために酸欠になって死にかけた。
その中に潜む人を食い物にする植物の化け物と戦って、自分が焼け死ぬところだった。
この村に再建の機会を与えるために方々に手を回して物資や人材を集めた。
そして今、後ろで自称そこそこ天才は『我々の敵』ではなく『我々を殺そうとした殺人未遂事件の加害者』を治そうとしている。
そしてこれからシェリー君は、クアットという愚か者が手遅れになる前に止める。
『偽善』はお手軽に善い人を偽るから『偽善』なのであって、手間暇掛けて明確な実益をもたらす行為は『偽善』という行為としては非合理的だ。
フッ
「人の善性・悪性に真贋なんて無意味な言葉を持ち出すな。善悪なんて言葉は貼って剥がせるラベルのようなものだ。そのラベル自体に意味なんて無い。
お前は一体何様のつもりだ?」
シェリー君の口を借りて挑発する。それに対して相手は乗ってきた。
「何様のつもり?見ての通り。俺は●●●●●だ!」
「…………ほう。」
それは禁断の呪文




