その毒は尊いからこそ凶暴に
予想外過ぎて思考が止まりそうになった。
その言葉の響きを反芻して、聞き間違いがないかを再確認して、熟考した。
『私は、きれいに見えますか?』
この言葉がこの前の警告音と関連しているとしたら、何かを仕掛けた犯人は間違い無くあの自称美の天才だ。
物理的な干渉の痕跡は無い。
肉体に関する損傷や干渉はモニターしているからあの自称美の天才のやらかす余地は無い。
精神的な干渉。『きれいに見えるか』という問いを死体人形に?
いや違う。あの天才は腐ってもここに籍を置いている天才。倫理道徳は無いが能力だけは平均以上にある。
近付いて耳を澄ませば呼吸音がするし、注目すれば瞳孔が開きっぱなしではないし避けるような動きや痛覚といった生きている人間特有の反射がそこにあるし、何より触れてしまえば脈拍がある上に体温がある。
彼女に施している死体人形としての偽装は縫い目に見せかけたシールと顔色を悪く見せる化粧のみ。ここの自称天才共が注目しないと思って油断して、大袈裟な細工をしなかった。
バレた、迂闊だったか……。
いや、今はそこではない。
問題なのはあの自称美の天才に生きている人間だとバレたことより吹き込まれた内容よりこの質問だ。
この質問の意味、そして俺はどう答えるべきか……。
いや、これは頭で考えるべきことではないんだ。
彼女が求めているのは正解ではない。自分が望む言葉を選ぶことではない。
求めているのは俺が口にする俺の答えだ。
「その質問に対して、俺の言えることは一つだけだ。
気を、悪くするかもしれない……」
「はい……大丈夫です。正直に、お願いします。」
カップを置いて、真っすぐ彼女を見る。
それに対して彼女は膝の上に固く結んだ手を置いて、逃げそうな自分を必死にその場に繋ぎ止めているように見えた。
息を静かに吸い込んで吐いて、脳に酸素を行き渡らせる。
正解の自信は無い。失敗したらもう治らなくなるかもしれない。取り返しがつかないかもしれない。
その結果を想像して、手足が少し震えた。
これが恐怖の感覚なのかもしれない。
「俺は、君がきれいかどうか解らない。」
それが俺に出来る、俺の答えだった。
この時の自分は自分が嫌いで嫌いで仕方なくなった。
『私は、きれいに見えますか?』
こんな意地の悪い、最悪な質問を好きな人にぶつけてしまった。
不安で不安で仕方がなかった。
あの人の言葉を聞いてからずっと、心臓を掴まれているような気分だった。
彼は私のことをどう思っているのだろうか?
どう見えているのだろうか?
必要とされているのだろうか?
死を待っていた頃はそんな事を考える余地も無くて、そんな事を考えるくらいなら終わってほしかったから考えてもみなかったのに……




