恋は強力
キャスター付きの台車に食糧を積み上げて運ぶ。
足がふらついてしまって、台車を杖代わりに独りで戻っていく
頭に浮かんだその顔が、響くその誘惑の声が、消えてくれない。
「今よりもっと美しくしてあげますの。
今よりもっと可愛らしく、もっと凛々しく、もっと華やかに、もっと魅力的に、もっと艶やかに、もっと麗しくなれば………………………………
貴女の大好きな人は、きっと振り向いてくれるでしょう。
きっと誉めてくれるでしょう。
きっと惹かれるでしょう。
きっと、貴女のために全てを捧げてくれるでしょう。
私なら、それが出来ますの。」
虫が這い回るような厭な感覚が肌に纏わりついて離れない。
耳元で囁いた時に香るあの甘い匂いが鼻腔にこびりついている。
私の顔を正面から見たときのあの笑顔が焼き付いたまま。
その毒は凶悪で醜悪だった。
美への渇望と恋心が振りほどこうとする手を鈍らせる。
そうしている間に毒は蝕み、心を内から腐らせていく。
誰かに吐露する事は出来ない。それをさせないからこれは醜悪なのだ。
自分でこれを振りほどく事は出来ない。それを許さないから凶悪なのだ。
毒を胸に抱えたまま。彼女は帰るべき場所に辿り着く。
いつもなら、この一面真っ白で冷たくて、何も感じない異様な空間よりも、あの狭くても温かい居場所の方が好きで、一瞬でも早くあそこに戻りたいと思っていた。
毒が巡る、足が重い。
許されない、けれどそれに手を伸ばしたい衝動が心の内で暴れる。
自分はこれを抑えるべきか、それともこの衝動のままに動けば良いのか。
「あぁ、ありがとう。お疲れ様だ、入るといい。」
そんな葛藤を塗り潰すその一言が飛び込んできた。
扉を開けて出迎えてくれた彼の姿を見て、心が温かくなっていった。
葛藤が掻き消えて、苦悩が吹き飛んで、ただただこの言葉を口にしていた。
「た………ただいま。」
彼女は自分の居場所へと帰って行った。
しかし、この毒から完全に逃れた訳ではない。
未だ彼女の胸の中でそれは燻り、徐々に溶け出し、致命的な瞬間を待っている。
「さて、準備はこれくらいで良いですの。」
うるさく呻く菌床から必要な素材を引っこ抜く。
ぶちりと何かが千切れる音がして喚くが、煩いだけ。放っておいて良い。
「『人は美を求め続ける』
それは天才も凡人も変わりませんの。
ただ、求めて手に入れられるか、手に入れられないかという大きな違いがあるだけですの。」
嗤う、衆愚を。
笑う、自分を。
勝ち誇る、自分に用意された希望した未来を。
嘲笑う、相手に用意されているのは望まない終結だと。
自分が嫉妬に塗れた醜い人であると見えていない。
またも評価を頂きました、ありがとうございます。
どうせなので、この物語の最後は素敵にするつもりです。




