恋は猛毒
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それは私が外に出た日の事だった。
首輪を確認して、全身の縫った痕を確認して、部屋の入り口近くに新しく作られた防音の二重扉の間に入って、音が外に漏れないことを確認して、扉を開けた。
『外』と言っても|最先端魔法科学技術革新総合研究所の外じゃない。『彼の割り当てられている部屋の外』。遊びに巻き込まれて疲れ果てて眠ってしまった彼の代わりに必要な食糧を取りに行っていた。
彼いわく、この場所で生まれたものは全てが機密扱いになってしまい、それを漏洩しないために入る事は簡単で出る事は難しいらしい。
だから、私やあの子達は熔解炉に捨てられそうになった。私達は大事な大事な機密ということらしい。
『彼女らは部屋の外に出してはいけない、そして、万一誰かに彼女らの様子や経過について訊かれたとしても、もうどうしようもない手遅れだということにしておいてくれ、頼む。』と彼に言われた。
何かがあるらしい。しかも、その何かは良くないことだと思った。
それは感情が豊かになってより心惹かれるようになった彼の緊迫した様子の表情と言葉から察する事が出来た。
「大丈夫大丈夫。私は死体人形なんだーし、そんなこと訊かれなーい。
それーに、半年前のことなんだかーら誰も気にしてなーい気にしてなーい。
忘れてーるってー。」
その言葉を真剣に受け止めつつ、不安を見せないようにそう笑って見せた。
ご主人様の命令通りに動く死体人形として歩いていた。
少しぎこちなく、表情がなく、そして生気が無い、無口な死体人形。
「あら貴女、ボーヤのところの人形じゃありませんの。」
そんな私が後ろから声をかけられた。
その場で止まって、無表情を一層固めて、無関心で目の前の全てを映していない目を改めて作る。
実際にそうなったことがあったから、鏡で見た作り物のそれは自分で見ても死体か人形の目だと思えた。
「……………………」
準備が出来た。少し固い動きで後ろを振り返る。
けれど、予想していた人物の姿も形もそこにはなかった。
「良く出来たオモチャですのね、これ。」
後ろから聞こえる声と首輪から伝わる振動が体を強張らせる。
振り返るとそこには予想していた声の主がいた。
間違い無くさっきまで私の目の前には誰もいなかった。
「死体人形のクセに随分と人間に良く似た動きが出来ますのね。
反射なんて死体にはないのに。」
ハッとしかけて、息を静かに呑み込む。
そうしている間に声の主の手は全身を無遠慮に、物のように撫で回してきた。
悪寒がする。気持ち悪い。触るな。
心の底から沸き上がるどす黒い拒絶の感情を押し殺す。
彼の顔を思い浮かべ、耐える。
それが、いけなかった。
「それなりの素体ですの。これなら私の研究を使えば素晴らしい美しさが手に入りますの。
人を魅了する、美しさが。」
その言葉は毒だった。
思い浮かべた顔が、より素敵なものに変わってしまった。
死体人形だって胸を弾ませて恋をする。
だからその毒は効いてしまう。
度し難い輩だが、それでも美を追い求める研究者。




