冷静、なのに苛ついている?
それを一目見た時に死にかけていると理解した。
首には魔道具の首輪が嵌められていた。
熱傷、火傷。皮膚が黒褐色に変色しているところから強酸の薬品をかけられたと思しき化学熱傷と、普通の熱いものに触れて出来た火傷の2種類ある。後者はその痕が何かの生き物や象徴を模しているところから焼き印由来か。
切り傷・刺し傷が多数。ナイフに、針に、特殊な……鈍器に近い刃物によるものがある。そして、そのどれもが化膿している。
打撲による内出血。全身、しかもそれが幾つかの場所に集中している。うっかり転んで出来ている訳がない。殴られて出来たものだ。
皮膚の炎症。これは虫に刺されている。
疱瘡。これは詳しく診てみない事には何とも断言出来ない。
指先は脱力しているのに奇妙な形で広がっている、骨折部が曲がったまま不自然に付いた結果、変形治癒だ。
呼吸はしているが弱い。鉄格子の中で伏せて全く動かない。それは頭が痛い体が痛いから動かないというよりも消耗し過ぎてもう動けないといった様子だ。
話を聞いていたが、どうやら食べ物は与えられている。
ということになっているが、鉄格子の中に腐敗した残飯が撒かれ、それと同じものを頭に被った痕跡があるだけ。手足は骨が浮き出ている。頬はこけて顎の形どころか歯の並びまで見えそうだ。
『人体実験用の奴隷と言ったんですよ。刺そうが焼こうが切ろうが毒を掛けようがブチ込もうが、かまわない。最高でしょう?』
『あなた、この美しき研究をする美しい天才にこんな汚物を売りつけるおつもりですの?
おつむは付いていらして?こんな全身爛れて汚くて臭くて醜いのが実験材料になるとでも?しかもなんですの?顔に白い疱瘡までありますの。感染症を持ち込んで私の美しい研究を台無しにするつもりできましたの?』
『あれは何日か前の飯ですよ。手を使って飯を喰う事もしない愚図なもんで……』
俺の考えを裏付ける様にそんな言葉が聞こえてきた。
ただ、顔にあるのは白い疱瘡ではなくこびりついた残飯で、手を使って食事を食べないのはもうそんな力も残っていない瀕死だからという点は誤っている。
一目見れば解る。
見るまでもなく檻から酷い臭いがする。それでも理解出来る。
状況を文書化すれば実物を見ずとも察する事は出来る。
だがそれをしていない。
自称美しき研究をする美しい天才はそもそも認識から除外している。
この男も『もの』としてしか見ていない。
自称美しき研究をする美しい天才を見て。
チラチラこれ見よがしに相手の表情を伺う男を見て。
檻の中で徐々に死んでいる少女を見て。
少しだけ、苛ついている自分に気が付いた。
《参考サイト》
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jburn/46/1/46_1/_pdf
https://www.nms.ac.jp/var/rev0/0033/3760/12133133631.pdf
https://keisei.kuhp.kyoto-u.ac.jp/contents/hands/finger/#:~:text=%E9%AA%A8%E6%8A%98%E9%83%A8%E3%81%8C%E6%9B%B2%E3%81%8C%E3%81%A3%E3%81%9F,%E3%82%92%E7%AB%8B%E3%81%A6%E3%82%8B%E5%BF%85%E8%A6%81%E3%81%8C%E3%81%82%E3%82%8A%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82




