鋼鉄鳥の独奏
「まったくもって、忙しいことこの上ない。」
鋼鉄鳥弾とは別に飛ばしておいた視覚情報収集用の魔道具から俯瞰の情報が時間差無く送られてくる。
巨腕を振り回す前兆を見て、その動きを予測しながら指先を走らせる。
指先の動きはすぐさま鋼鉄の翼に伝わり、巨腕による破壊を免れる。
しかし、損傷が全く無い訳ではない。その動きは身を削り、翼が徐々に失われ、先程よりも確実に小さくなっている。
「間に合うか……」
指先を動かし続ける。
終始無言。しかし感情が動いていないわけではない。
辺りを飛び回り、潰そうとしても避け、そしてその度に蚊が刺したような不快感が腕に走る。
つまり完全にキレていた。
一方的にいいようにされる今に。
挑発も存在も鬱陶しいのに潰せない今に。
言いなりにされて、叫び、罵倒するための舌と喉が奪われたことに。
『徹底的に暴れてぶち壊して何もかも台無しにしてやろう』と考えた瞬間、意識がぷっつりと消えた。
いくらこの手を乱暴に振り回しても速いし当たらない。それは自分がやったところで同じだ。
そして相手は一方的に当ててくる。それは今のところ絶対だった、
それなら、やることは1つだと考えた。
腕を急成長させて、肥大化して、更なる巨腕に変わる。
本体より大きな腕、膂力も増えて、拳の威力も格段に上がるが、空気抵抗は避けられないし、その大きさ故にどうしても動きは鈍重になる。
速くて当たらないというのに更に大きく重く鈍くなっては意味がない。
だがそれは当てるときの話だ。
攻めるなら軽くて速くてそして丈夫な方が良い。
けれど当てないのなら、当たっても傷付かない守りを望むなら、こっちの方が、都合が良い。
今も飛び続ける煩わしい虫が作る僅かな傷を無視して、大きくなった腕で丸くなる。
核を中心にして、長く大きくなった腕を毛糸玉の要領で巻き付けて、文字通り球体になる。
あれは一見すると脅威だが、しかし自分の傷を見て気が付いた。
よく見ると切り傷は浅く、傷の中に金属の欠片が刺さっていた。
あれは徐々に壊れている。壊れる程速く走り続けている。それこそ、この目で追えない程に。
それだけ速ければ動かすのはさぞ大変だろう。
それだけ速ければ他との連携は困難を極めよう。
毛糸玉となった自分を転がし、来た道へと転がる。
分断したのは最初の1VS2の状態を破るため……だがそれだけではないはずだ。
2VS2でも良かったのに、それをせず、1VS1に持ち込んだ。
当然だ。この虫があの女を避けられたとしても、あの女は避けられない。
この壊れながら飛ぶ虫が避けるしかない。それをやるとしたら、さぞ窮屈だろう。
動きは鈍くなろう。動きに迷いが出よう。ぶつかるかもしれない。止まってしまうかもしれない。
困った。困った。本当に、困った、困ってしまう、なぁ。
ゴロゴロと鈍重に、しかし確実に、腕の塊は転がってシェリー=モリアーティーへと近付いていく。




