翼と拳は衝突しない
大腕の拳は飛び回る鋼鉄鳥弾を一度として捉えることはない。どころか、腕の表面を銀色の風と共に一方的に切られ続けていた。
自分の振るった拳は空を切る音だけ虚しく響かせ、相手の空を切る音は煌めきと共にこちらを切り裂くという状況が苛つかせた。
大振りに、しかしより速くより力強く拳を振り回す。
人体の骨格では絶対に出来ない360度全方位への殴打。掠ればそれだけでスクラップ。それでも当たらない。
それに対して更に腹を立てるように周辺の木々を巻き添えに殴る。
殴る、殴る、殴る、ひたすら殴る。それでも当たらない。
「これでは当たらないよ。さあどうした?」
挑発する自称そこそこ天才の言葉に更に腹を立てる様に勢いを増して殴る。
頭に血が上った戦い。そう見えた。
だから次の瞬間拳が木々を殴りつけ、それが跳弾する様に跳ね回り、目にも映らない鋼鉄鳥弾に攻撃が、矢張り当たらない。
跳弾する拳を跳弾する様に切りつけながら包囲網を潜り抜ける。
『鋼鉄鳥弾』
自称そこそこ天才が手紙術式を見て、そしてあるものを見て生み出した魔道具。
性能はシンプル、飛行能力のみ。動力源と翼が重量の殆どを占めている。
武器として搭載したものはなく、速度と機動力に特化している。
しかし、先程から腕を切り付けている事実がある。一体どうやって?
方法は簡単。飛行性能向上のために作った空気を切る翼はそのまま空気以外のものも切断出来るからだ。
高速移動で切り付ける。それだけで凄まじい威力になる。深く切り付けることこそ出来ないものの、その機動力で回避しながら確実に確実に薄皮を切り付けて削っていく。
飛行性能特化で消費エネルギーは飛行にのみ使われる。更に高速化の為に重量を極限まで削っているので性能の割に超低燃費。更に、この魔道具の特性で更に燃費は向上する。
「コンセプトは『消耗品』。この翼は薄い剃刀の様な極小羽を合わせて作られている。
その羽は切断をする度に端から削れていく。徐々に小さく、より軽くなっていく。」
先刻から切り付ける度に鋼鉄の欠片が飛び散りながら、輝きながら小さくなっていく。
最期には翼を失い、その速度を維持したまま衝突して砕け散る。使い捨て前提としてあまりにも高性能過ぎる。
「こちらが落ちるより先に、そちらが落とされる方が先さ。さぁ、どうする?」
余裕綽々?実はそんなことは無い。
ダメージレースをすれば勝てるが、その翼の性質上、元々の強度が低い。とても脆い。
今は刃物として文字通り身を削りながら切り裂いているが、少しでも切断する向きを間違えると翼が根元から砕け散る。両翼の消耗度合いの差を一定以下にしなければ飛行不能に陥る。
バランスを保ち、その上で相手の猛攻を避けて攻撃を加えるには高い操作技術が実は必要。肉体と精神の消耗戦が今、行われている。
砕けながら切断する関係で傷口に破片が入るという危うさもあります。当然対人使用禁止。
ステュムパリデスの名前はギリシャ神話のヘラクレスの十二の試練の一つに金属の鳥の『ステュムパーロスの鳥』というものがあるそうで、それを参考にしました。




