血は流れている。
「感謝いたします、シェリー=モリアーティー殿。」
虫の息で頭を下げる。それは崩れて命が絶える瞬間にも見える。
「あの……騎士様のお名前をお聞きしても?」
シェリー君が大男の名を呼ぼうとして詰まる。
「私の名前は仲間と部下を守れない不甲斐無き騎士マスクリン=ハチード。どうぞ、マスクリンとお呼びください。
故あって主の名前は言えませんが、命の恩人に自分の名前を教えるなら主もきっと許してくれるでしょう。
もう、何もできない私には、それくらいしか出来ないのですから……」
「ではマスクリン様、私が聞きたいことはいくつもあります。貴方が話したいことも沢山あるでしょう。
しかし、今は休みましょう。体を癒しましょう。貴方はここまでよく頑張りました。よく、生きてくれました。
ありがとうございます。貴方は何も出来ないなんてことはありません。」
シェリー君は残る力を全て使って身体強化で大男に肩を貸す。
ここは建物の屋根上。十全な状態であれば大男は飛び降りて着地を出来たが、今の大男にはそれが出来ない。ここには放置出来ない。
「休むべき時に休まないと。休まない事は立派でも素晴らしいことでもなんでもないのです。
ここは退くべきですよ。」
そう言って肩を貸して歩き、時に跳び、より低い建物へと歩を進め、最後に小さな建物の窓のひさしや雨樋を使って暫くぶりな気がする地面を踏みしめた。
だから、シェリー=モリアーティーは出来なかった。
自分が倒した怪奇植物の後始末を、その結末を、知り得なかった。
朽ち木の塊が地面の上に落ちている。
誰もそれの異様さに気が付けなかった。
気付く頃には風に吹かれて塵になって消えていった。
最低限、虫けらのような部分だけを生かし、残った大きな死体で地面に潜り込もうとする己の醜態を隠し、潜り込んだ痕跡さえ消す暇を与えてしまった。
絡み合う。
しかしそれは分かり合っていない。本来なら反発しあっていてもおかしくないものが強引に混ぜ合わされていた。
ほら失敗した。
うるさい!
僕ならもっとうまくやったね!
勝手に言うな!
あれでよかったのではないか?経験にはなる。
それじゃダメなんだよ!
経験なら足りてんだよ。それを使いこなしていない間抜けがいるのが問題なんだよボケが。
黙っていろ!
頭を掻き毟り、頭の中で響き渡る声を黙らせようとする。だがそれは叶わない。それは頭の中から聞こえる声ではないから。
頭を掻き毟る。耳の鼓膜を破る。爪を突き立てる。唇を噛む。
血は流れている。
感想、評価、ブクマ、いいね、ありがとうございます。
最近、運が良いと検索のランキングの端っこにモリアーティーの名前を見る事ができます。うれしい限りです。ありがとうございます。




