忍ぶ招かれざる客達のドレスコード
幌は頑丈なものだった。
燃えにくく、酸やアルカリで溶けることもなく、生半可な衝撃や斬撃で破れるものでもない。
だが、魔道具による筋力補助に加えて強度強化が施されている手斧を前にしては流石に阻めるものではない……はずだった。
幌は内側から全方位に力を加えられて爆散する様に飛び散るはずだった。
「切れない……ッ!」
幌に喰らい付いた斧が止められた。文字通り、歯が立たなかった。
いや、正確に言えば幌自体は切れている、だがその向こうにゴムのような何かがあってそれが刃を意図的に弾いていて、切り裂いて脱出する事が出来ない。
幌の向こうに何かがある。何かが、いる。
全員が脱出のために目に見えない外側に目を、注意を向けた。
それが相手に一手先を越される原因になった。
「ぐ……」
「え?」
「ゴホゴホ……」
胸を突かれた様な、胸の奥を掻き毟る様な、背中から不快感が突き刺してきた。
外へ外へという考えは、先程まで疑問の中心に転がっていたシルエットを忘れさせた。
『どうやって入ってきたのか?』その疑問に答えを出さないまま、どこからか入り込んできた物への警戒を解いてしまった。
それが爆ぜて、内側から鋭い槍が幾つも飛び出してきた。
槍は迂闊に背を向けていた全員の背中を、狙い澄ました様に、的確に突き刺した。
偶然なのか『ノウウェア』の魔法発動の為に埋め込まれた魔石の核が砕かれて身体強化と隠密性能が完全に停止し、その先にある肉へと突き刺さる。
全て、全てが致命。
尽く、尽くが殺意満ち満ちた一突き。
皆、皆がそれを避けもせずに、直撃した。
哀れ、哀れなことに皆襲撃者の正体に気付く事なく全滅。
二十本を超える指が一気に締め上げ、馬車を握り潰す。
頑丈なはずのそれが地面に叩き付けられたガラス細工の様に粉々になる。
同時に、二十を超える指も弾け飛び、散った指の間から筋肉の塊が零れ落ちる。
「野郎共!仕事の時間じゃい!」
「「「「「「「「「「うォオオオオオオオオオオオ!」」」」」」」」」」
馬車の中から現れたのは筋骨隆々強靭な肉体の持ち主達。
襲撃者の不意打ちで彼らが全滅する事は無かった。
確かに、身に着けていたちゃちな軽鎧は弾けた槍によって核を刺し貫かれ、機能を失った。そのまま無防備な持ち主の背中にも襲い掛かった。
だが、それは長年鍛錬を積み重ねた鋼の肉体を貫通するには至らなかった。
確かに、凶悪な仕掛けの施された手斧は失った。だがそれは二十を超える異形の指に潰された訳ではない。己が持つ最も強く、堅く、長く使われて来た拳を作る時に己が五指によって握り潰されたのだ。
『こんな玩具よりもこの虚空をも握り潰す二つの手の方が凶悪で強い』と、五指が誇っていた。




