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嘘を吐かない悪者


 ゲッチボーンが最初に来たのは偶然ではない。真っ先に来るように招待状の送付を最優先にして、ここまで来る時間も加味して他の連中がどう急いでも明日以降に来るように仕向けてあった。

 ゲッチボーンを最初の標的に選んだ理由は幾つかある。

 先ず、貴族の中で特別高位ではなく、更に守銭奴として有名で『金で釣る』という手段が取りやすかったから。

 高位の貴族はそもそも代理人を来させる場合が殆どで、リスクのある博打的な金儲けよりも安定した高収入を求める。

 ある程度安定して金が入るからわざわざこんな場所でリスクを取って僅かな利益を追い求める理由が無いということだ。

 特別位が高くなく、この商談に旨味を見出し、その上でリスクを取ってでも儲けようとするほど金に目が無く、領地が遠方で代理人を立て辛く本人が来る可能性が高い。もっと言えば移動に際して自分で手綱を握る様な者が望ましかった。

 そういう意味でゲッチボーンは最初の実験と実績相手として相応しい人材だった。

 更に言えば、領地は最果てで他貴族との繋がりが物理的に見ても縁として見ても非常に薄い。要はここで見たものを他の連中に話してそれが誤りだと気付かれ辛い相手だったのだ。

 『騙されやすい詐欺のカモ』

 そう言ってしまえば身も蓋もないが、今回は騙しているわけでも、詐欺を働いているわけでもないのでその言葉は懐に仕舞っておく。

 モラン商会は騙されやすいカモだろうがそうでなかろうが誠意ある互いに利のある契約を行う優良商会なのだから。


 さぁ、本題に戻ろう。今回行った仕掛けは主に二つ。

 一つ目は在りもしない契約締結の実績を匂わせること。

 二つ目は契約締結が不利益にならないと信じさせること。


 ゲッチボーンは最初、激怒して商人の契約書を投げ付けていた。あの無茶苦茶な契約書を何の予備知識も無く提示されればそうなることは目に見えていた。

 しかし、見ての通り、あの(・・)商人が悪足搔きも食い下がる真似もせずに退いた事で、それまでの激昂していた様子があっという間に鎮静、どころか困惑に塗り潰された。

 他の間抜けな商人ならまだしも『イタバッサ』という高名であり悪名高いとも言える商人があんな契約書を見せた挙句、怒った相手に言い訳も付加価値の説明もせずに退いた事で『あの契約には何かしら裏があるのでは?』という疑念を相手に生じさせたのだ。

 そうすると、『何かあるに違いない。』という確信は思考を加速させ、ありもしない『何か』を探し出し、見付け、創り出し(・・・・)、それを真実にする。

 例えば、商談をする空間にコーヒーの香りや高級な葉巻の香りを予め漂わせておくと、自分より前にそこにいた『高級な葉巻を吸う誰か』を創り出す。

 そうすると、それは具体的に誰か?という事になる。

 記憶を巻き戻し、自分が過去に見たものの中に正解があるという前提で正解結び(こじ)付けようと必死に思い出す。

 そこに高位貴族の紋章らしきもの(・・・・・)が掲げられていた馬車があれば、『高級な葉巻を吸う来客』と結び(こじ)付ける。

 『高級な葉巻を吸う高位貴族』が自分より先にここに呼ばれて、裏のありそうな契約を持ち掛けられていた。

 そして、その事が自分に露見しないように相手が隠している(・・・・・・・・)……となれば、勘繰る。

 ありもしないものを想像して妄想を重ね、勝手に自分で自分の事を騙し始める。

 こちらは何も言っていない。だから、嘘は吐いていない。幾つかの細工を散りばめたが、それらは明確に嘘ではない。

 町に来る前にすれ違った高位貴族らしき(・・・)馬車も、部屋に残っていたコーヒーの香りや高級な葉巻の香り、やけにあっさりと退いた商人も、契約締結の事実を示すものではない。

 勝手に相手がそう考えたのだ。


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