未だ伽藍堂
これという合図も無く、目が覚める。
特にやる事の無い日はその日の疲れに任せて眠ればこの時間にすぐ辿り着く。
未だ村には朝日は照っていないけど、街道はもう夜が明けているだろう。
顔を洗い、着替え、質素な食事を胃に叩き込んで、肩を回しながら家を出て、深呼吸をする。
肺に冷たい空気が入って体が冷やされる。ここ数日、筋肉痛が全身に満遍なく行き渡っているからその冷たさは心地好いと感じる。
やる気もなく怠惰に過ごしていた肉体が急に過酷な肉体労働に曝されれば当然こうなる。
でもそれが良い、だから良い、それこそが良いんだ。
こんな風に目的の為に一生懸命努力するなんて、長年無かった事だ。
体を酷使して、その分だけ達成して、空腹と満足感で食べ物が美味しくなる感覚を忘れていた。
今まで、ただ先にある死を待つだけの生活だった。
毎日毎日毎日、同じ景色で同じ動きをして同じ結果が繰り返されるだけの刺激の無い毎日。
ゼンマイ仕掛けの玩具の鳥のようにクルクル同じ動きをして、止まったらゼンマイを巻き直して、仕掛けが壊れるまでそれを繰り返して終わると、そう思っていた。
この数日、明確な仕事という仕事をして、周囲と力を合わせ、時に会話をして、笑って、額に汗して頑張って、確信している事が一つある。
変わっている。今自分達は変わっているんだ。
森に出来た大きな空き地だった場所に辿り着く。
「おはようございます!」
一番乗りだと思っていたが、違った。
「……おぅ。」
金属製の缶の中で火が揺らめいていた。
さっきまでそれを見ていた仏頂面の棟梁さんはこっちに目を向けてそう言って、目配せをした。
最初は目配せ自体も、その意味も解らなかったが、今は『寒いからこっちに来て火に当たれ。』と無言で言っているのが伝わった。
「ありがとうございます。」
火に当たり、徐々に周囲が明るくなっていくこの場所を見る。
日が昇り、影が伸びる。
この場に居る二人の影と火の揺らめく缶、そして、数多の影が、太陽の光で伸びていく。
「こんなに立派なものがこの村に出来るなんて、思ってもみなかったです。」
この村の光景らしからぬ伸びる影を見て、感動を言葉にして伝えたいと口が動いた。
「おぅ…………未だ仕事は終わってない。油断すると怪我するぞ。」
「はい。気を付けます。」
火に当たり、体が温まる。
目の前の光景が胸を弾ませて、更に体を熱くする。
簡素だが歪んでいない家、家、家、家、家………
家が森の木々の様に並ぶこの光景はこれからのスバテラ村に何かの希望があると思わせてくれた。
誤字脱字報告に感謝いたします。そして、気を付けます。
そして、SNSでも宣伝して下さっている方をお見掛けしました。