理解せず、呑んで
理解していない。
村の外に出たのは十年以上も前。しかも行ったのは街道の先にある街だけ。世界はそれだけなのだ。
だから魔人の国や魔界と言われたとて、伝わりはしていない。
本を読んだのは魔法を覚えようとしたときだけ。しかもその内容が理解出来ていなかったのに理解したと思い込み、魔法使いを気取っていた。
だから老医師に魔法の下地しか使えないことを指摘されてボコボコにされた。
魔道具や魔法に関する代物なんて高価な品はこの村にはない、買える財力は無いし必要もない。だから存在しないし、だから相場も知らない。
だから目の前の得体の知れない怪しい代物を見せられて疑問を抱かないし、そんな高価な物を贈られるという異常事態を異常事態と認識出来ていない。
自分が無知である事を僅かでも理解していない。
「魔法使いは怪物に魔道具の種を打ち込みました。それは怪物の内で芽吹き、根を張り、最初は知性を与え、言葉を与えました。しかし、すぐに様子は急変して全身が沸き始めたのです。
怪物は苦しみ悶え、そうして体の内から幹が、枝が、生え始め、足を突き破り根が足のように生えたのです!怪物の身の内で大樹が生まれたのです!
知性は恐怖を生み、これから自らの身に起こる出来事を想像してしまい、そうして、大樹の最も高い枝から大輪の花が咲くと同時に怪物の身が大樹に呑まれ、消え、大樹だけがそこに残ったのです!」
その物語を見てきたかのように語る。
「そうして、大輪の花は散り、実り、熟れ、弾け、その内の一部がこうしてここにあるのです。
賢者によって生み出されて強大な力を与えられ、愚者を呑み込み大輪の花を咲かせる知性の樹の種として!」
頬を紅潮させ、最高潮とばかりに声を響かせる。
「これは危険なものでございます。私めのような愚者がこれを手にする事は本来とても恐ろしいこと。今この時でさえ、取り込まれて花の養分にされるかといつもいつも恐ろしく思っております。」
そう言ってクアットの目の前で釘付けにさせるように種を見せる。
「どうでしょう?貴方様ならば、花と咲く愚者ではなく、種を手にする賢者になれるかと思いますが……このタイ=コモチめに賢者の御姿を見せては頂けないでしょうか?」
先程までの激しさはどこへやら。急に落ち着いた様子で掌の上にある赤黒い小さな心臓を差し出す。
クアットは迷い無く、しかし僅かに震えている手でそれを掴んだ。
「これを、どうするんだ?」
「貴方様の思うままに使えば良いのです。賢者のお考えは同じ賢者にしか解りません。」
「なるほど、道理だね。じゃぁ、僕はこうするとしよう。」
そう言って直ぐに種を力一杯握りしめて、それを飲み込んだ。