推奨:眉に唾をつける
現代では『魔人の王国』や『魔界』あるいは『魔王国』と呼ばれている強大な大地。
そんな場所がまだ無法で王の存在しない獣の理で喰うものと食われるものしかいなかった時代。
大地が喰われるという不思議な現象があちこちで起こったことがあった。
昨日まで村があった場所が、昨日まで聳え立っていた山が、二足で歩む獣を餌とする四足の獣が犇めく密林が、一夜にして消えるという不思議なことが起きた。
根も葉もない噂。荒唐無稽な与太話。下手な物書きの駄文。治める者の居ないその地ではそんな風に言われて酒の肴になっていた。
ある日を境にそれは変わった。
「俺は見たんだ!目の前で家が、自分の家が、大きな刃物みたいな歯で喰い千切られて、半分飲み込まれて、消えていくのを!」
酒場でそんな荒唐無稽な話を言い出したのは魔法使い。しかも恐ろしく強いことで有名な魔法使いだった。
ならず者達はそれを面白い冗談たと思い、魔法使いの家を見物に行った。
そこにはナイフで断ち切った林檎のように半分になった家が、半分に割られた村があった。
そして、見たのだ。
遠くに一見すると動く山としか思えない、しかし手足が有り口が有り、剣の様な牙を持った巨大な獣の姿を。
これを討伐するために獣の理で動く魔人達は初めて人の理で動き、力を合わせ、とある方法でその怪物は未来永劫いなくなった。
この後、現代の魔界に至るまで、人が、村が、自然が半分に喰われるという怪異譚が広まることはなくなった。
「このお話は我々の国ではあまり聞くことはないですが、魔界の寓話として有名な『山飲みと魔王』のお話でございます。
貴方様程の知性であれば、当然ご存じでしょう。」
「あぁ、当然だ。この程度ならば当然把握している。」
「この有名な寓話。親が寝る子に聞かせるものとして有名ですが、奇妙な点が御座います。
怪物の退治方法が明かされていないのです。貴方様がどのような形で聞いたかは無知蒙昧なタイ=コモチ存じませぬが、この『山飲みと魔王』の怪物退治の方法は様々なのです。『ならず者達が武器を手に取って倒した』・『熱い砂に埋めた』・『強大な魔法で封印した』・『地面に埋めた』などなど、時代や場所によって退治方法が異なっているのです。」
「あぁ、知っているよ。僕が聞いた話だと5……6個くらい倒し方はあったかな?」
「流石で御座います。無知蒙昧な不肖私めとは比べ物にならぬ知性。お見事でございます。」
「で、こんなありふれたお話をして、これとどんな関係があるのかな?」
「あぁ、申し訳ございません。実は、このお話の怪物の倒し方ですが、倒し方は何処にも書かれていないので御座います。わざと隠してあったのでございます。」
「……で。」
「その理由は、これを隠すためだったのです。この種、知性の樹の種は魔法使いが生み出した怪物退治に用いた逸品。元々は知性を与える魔道具でございました。
知性と思考する力がある賢者にはこれは更なる知性の獲得でしかありませんが、理性と分別を持たぬ獣や怪物には知性が牙を剥き、知性でその命を縛り、取り込むので御座います。
これは怪物を封印した種子。知性の無い怪物が知性に飲まれた慣れの果てなのでございます。」