太鼓持ちが鳴らすは号砲
枯れ木の森の中を彷徨い歩く。
目的地があるわけではなく、やること・やるべきことがあるわけでもなく、闇雲に徘徊していた。
そう、目的地もやることもやるべきことも、どう動けば良いのかと言う妙案も無かったのだ。
彷徨う者に名案はない。歩き回っているのも目的地が無く、しかし停滞を心の底では恐れているから起こってしまう停滞への恐れの発露。
彷徨う者の歩幅が徐々に徐々に小さくなっていく。地面を踏みつけるように、乱暴に、速く歩く。
停滞は恐れを生み出し、そして怒りを生み出しもしていた。
(村の連中は外から来た奴等に尻尾を振ってる。あいつらも俺の言う通りに動かない。なんでこうも僕の思いどおりにならないかな?)
クアットは苛ついていた。
自分の浴びるべき称賛や喝采を横取りした外の連中を。
自分のことを恐れ敬いもせず、どころか侮り軽んじる村の連中を。
自分の命令も聞かずに対等に口を開くあいつらを。
地面を乱暴に蹴り上げる。
自分の思い通りに動く手足が欲しい、いや皆自分の思い通りに動くべきだ。
自分の思い通りに動く世界が欲しい、いや世界は思うがままであるべきだ。
自分に尊敬と畏敬の念を!自分は特別だという賞賛を。自分という素晴らしい者に喝采を。そうあるべきだ。
だからこんなのはおかしい。狂っている。なぜ思い通りに皆は動かないんだ?
呼吸が荒く、焦点が合わなくなり、手足から血の気が引いて冷たくなって、なのに体がよく動く。
「こんなの、許されない!」
『馬鹿げている』『阿呆の戯言』『身の程知らず』『目の前にある鏡に目を向けない愚者』『自信過剰』『井の中の蛙』『迷惑な自己中心人格破綻者』
暴言としてではなく、的確にクアットという男の現状を叩き付けるための言葉は幾らもある。
しかし、この場にはそういった言葉を叩き付けようとする者はない。
「いや、まったくその通り。貴方ほどのお方がこのような場所で供もなく蔑ろにされるなぞ、決してあってはならないことです。」
代わりにそんな言葉を贈る者はいた。
「……誰だ、君は?……村の人間じゃないだろう?」
急に現れた胡散臭い男に気を許すほどクアットは抜けてはいなかった。
「あぁ、いやいや、貴方様を驚かせてしまった無礼、このコモチ、一生の不覚。
私の名前はタイ=コモチ。しがないつまらない情けない、どうしようもない三拍子が揃った木っ端商い者で御座います。」
胡散臭い男は相手の表情を窺いながら頭をペコペコと何度も下げた。