完成無欠で完成有穴
3軒の家が出来ていく一部始終の有り様を変装したシェリー君と私は見ていた。
「口八丁手八丁ならぬ口零丁手十六丁だな。あれは。」
「見事としか言いようがないです。あの椅子を作って見せてくださった時は文字通り見せるための速さだったのですね。」
口下手だが仕事で雄弁に語る職人技を見て拍手する。
自分に椅子を贈ってくれた男の技に舌を巻く。
職人の動作は『苦も無く』という表現が相応しい。歩くように、あるいは呼吸をするように家づくりを行っている。木々を加工し、組み上げ、そうこうしている間に4軒目の家の完成形が見え始めてきた。
魔法のある世界であっても、家はこうポンポンと雑草のように生えてくることは通常無い。
加工難易度に目を瞑れば建材として堅牢で優秀な木材とその難易度を苦も無く加工してみせる男の腕あって出来る所業だ。
「素晴らしい精度と速さですね、お見事です。さぁ、我々も負けないように進めていきますよ!」
そう言ってやって来た商人は素直に拍手で称賛しつつ、その目の奥に燃える赤を持って周囲を鼓舞する。
モラン商会よりやって来た大工達は当然有能である。仏頂面の棟梁は見ての通り一人で木材を家に変えている。異様だ。
そして、それに対抗意識を抱いた商人はといえば、勝ち取った信頼で村の日曜大工集団をまとめ、モラン商会大工を頭に据えて分業体制を構築。家を一つとして考えずに扉、屋根、柱、基礎といった部品ごとに考えてそれぞれが得意な作業を見抜いて割り振っていた。
結果、今のところ1軒も家は建っていないが、分業体制が出来上がり、素人集団に玄人を少し混ぜただけの集団がそれなりの完成度の家の部品をせっせと作り、組み立て始めていた。
「こんな家の建て方があるのですね。」
「この特殊環境あって、この特殊木材あって、その上であの商人が予め手を打っていたから出来た特殊事例だ。無茶苦茶かつ再現性は低い。次回以降は役に立たない。
とはいえ、今回の計画は下地そのものに再現性が無く、そもそも次回以降もこんなことが何度も何度も起こると困るがね。
無茶苦茶の一つや二つは許容しても構わない。今回に限ってこの精度の低下を伴わない高速建築というデメリットを踏み倒すやり方が生きれば最低限役に立つ。」
棟梁が4軒目の家を建てる。外側だけとはいえ、それは屋根も窓も扉もある家。雨風を凌ぐには十分な代物。
だが、その家には穴がある。
それは欠点という意味ではなく、物理的な意味で出来たばかりの家に意図的に作られた同じ直径の穴があるのだ。
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GW初っ端から幸先が良いです。