都合の良い毒薬
モラン商会の防犯は非常に有用で模範的で素晴らしいものだ。
まるで相手の手札を全て知っていて、その手札を徹底的に潰したようなレベルの対策がなされている。
だから例えばこんなことが起きる。
「副会長室の窓に反応?」
商会の防犯システムを担当しているニタリからレンに伝えられた連絡は疑念を抱かせるには十分だった。
「蹴破った訳じゃぁねぇ。副会長様はずぅっと缶詰だ。だがぁ、不定期で妙な振動が観測されているぅ。
外から何か来てるかとも思ったがぁ、誰も映ってねぇ、そうじゃぁねぇみたいだぁ。」
考えられるのは3つ。
1つ目は単なる偶然。鳥や虫が窓近くに来て窓枠のセンサーに引っ掛かった全くの偶然の可能性。
そして2つ目は外部から副会長を、ひいてはモラン商会を狙っている何者かがちょっかいを出している、様子見の可能性。
最後に3つ目。これは内部犯が何かをしようと、具体的には逃げようとしている可能性だ。
「そのこと、他の皆には?」
「まだだぁ。どうするぅ?厳戒態勢を敷くかぁ?」
レンは考えた。傭兵時代なら下手なことをされる前に潰しておくのが鉄則だったし、それはジャリスも言っていた事を未だに覚えている。
そして、ジャリスが本気で逃げる時は非常に巧く逃げる事も知っていた。
つまり、追う相手として考えると、どうしようもなく手に負えない厄介さになる。それは知っているしやり合いたくはない。
だが、だからこそ、これ以上無くこれは好機だと考えてもいた。
丁度モラン商会、そして彼彼女らに今必要なものの一つ、『実践/実戦経験を積む』為の方法を考えていたからだ。
実戦に勝る訓練や経験は無い。しかし、それをやるにはあまりにも危険が多く、準備も念入りにしなくてはならない。
しかし、今回の状況。敵対者は味方で、堅気の人間を害する事は決してないが非常に相手取ると厄介なジャリスさん。
仕事から逃れるためにジャリスさんは絶対に必死になって逃げる。それでもこちらを考えてくれるから危険な目に遭うことはない。
問題は、うっかりジャリスさんを逃がすことだけ。
一定時間で切り上げられるような、そんな時限爆弾を仕掛けられるほど甘い相手ではない事は知っている。
「何かぁ、必要なものはあるかぁ?」
「えぇ、あぁ、いや……物凄い遅効性の、しかも非致死性で体の自由を奪うだけの毒でもありゃぁしないかなぁ……なんて考えていただけっす。
そんな都合の良いもの、ある訳が」「有るぜぇ……」
えっ?
「有るんすか⁉そんな都合の良いモン!」
「あぁ、俺の以前の仕事ではそういうものが必要になる事が多かったからなぁ。」
逃がし屋。在野に居る殺し屋と全く同じで区別の付けられない裏の稼業。
逃がし屋と露見した者は即ち『死』のある意味傭兵以上にシビアな仕事。
「逃がす奴に数日前に渡して飲ませて、数日後に急に倒れる。で、見ただけなら死んでる様に見えるソイツを葬儀屋や医者のフリして脈とって『御臨終です』とか言って死なせて、一丁上がりだ。
大っぴらに殺したら残った連中が殺し合いするようなマズい奴を殺して逃がす時に使う手だ。」
ニヤリと笑って元逃し屋の男はそう言った。