時間稼ぎは誰の差し金?
「ジャリスさんとの付き合い、なんやかんやで長くなりましたよね。」
「そうだな、お前が今よりもっと鼻垂れ小僧だった頃に出会ってからだからな。」
声が近付いて来た、気がする。
流れる汗で滑らないようにとグリップをつい強く握ってしまう。
心音が耳元でガンガンと響き、音が聞こえなくなってきた。
俺は今、仕事が追いかけて来た事に怯えているわけじゃない。断じて違う。
俺は今、仕事から逃げ切り、床以外で眠れる事に興奮してる。断じてそうだ。
「ジャリスさんは言ってましたよね。傭兵なんてロクな仕事じゃないって。」
「当たり前だ。今日の晩のおまんま食う為に今日の晩のおまんまを食えない奴を生み出す阿呆共のやらかす仕事だ。まともな訳がないだろうが。」
傭兵稼業をやってきてそれは骨身に沁みて理解していた。
「商会の副会長なんてなりたくてもなれない奴は一杯居るっすよね?」
「だろうな。ここまでデカい商会なんて片手で数えられる。」
「なら、そこから逃げる意味なんて無いっすよね?」
「……あぁ、いや、そう、それは、それは無いな。」
一瞬、レンの言葉に納得しそうになって、止まる。
逃げる意味はある。あの場にずっと居たら俺は椅子と尻が同化して半人半椅子の魔物になって左手には紙束、右手にはペンが生えていただろう。
これは戦略的撤退。それが出来ない奴はまっとうな社会でだろうがまっとうじゃない社会でだろうが生きていけない。
ヤバいと思った時にはもうアウトゾーン。そうなる前に本来は逃げるべきだ。
しっかりしろ、俺!
指を動かさず、しかし命令を下す。それに応えて手元の銃が音もなく、姿形も変えず、しかし確実に変わっていく。
阿呆みたいな種類の高価な素材、それらを職人がキレるレベルで細かく加工させて、その上俺の場合は『銃』故に『弾丸』にも金が矢鱈かかる金食い虫。
薬莢が金色なのを見た時は出来過ぎた皮肉で腹を抱えて笑った。
だが、それだけのものでも作る意味はあった。
今の俺は傭兵稼業から半ば強引に足を洗ったから武器は必要ない?いや、結果的に底無しの泥沼に足を突っ込む羽目になったお陰で今までとは比べ物にならない程俺の命の値段は跳ね上がった。
一介の傭兵から厄介な一商会の副会長になった。面倒に直面する機会は当然増えるだろう。
そんな時に、これがあれば勝ち目は増えなくても少しばかり死ぬ目が減るだろう。
例えば、こうやって自分に凶器を向けてくるレンを撃退出来る。
「逃げる意味はある。ここで逃げなきゃ俺は俺として生きていけなくなる!
俺は生きる為に副会長になったんだ。副会長であるために生きている訳じゃねぇ。」
引き金を引いた。
ブクマ、ありがとうございます。