胸像崩し
追跡者達は煙幕を広げられた時、冷静に判断していた。
いやに直線的な動き。誘いだと思っている者が何人か居た。
だからこそ、その後すぐに煙幕を吹き飛ばすために『気流操作』で周辺の視界を確保した。
してしまった。
煙幕は初手で見せていた。ならばその手はもう見えている。対策されていると考えるべきだ。お互いに。
副会長側も対策されている事が解っていながらそれを使うのだから当然、晴らした後の動きが用意されている。
追跡者達が煙を晴らして最初に見たものは煙の晴れた中心部で二つに増えた上に先刻より銃身が大きい銃を構えてこちらを狙う副会長の姿だった。
そして次に見たのは大きな銃口から放たれた矢鱈弾速の遅い弾丸。
それに注目していた者達は閃光で目が眩み、破裂する時に発生する高周波で平衡感覚を失った。
モラン商会幹部はそれぞれ商会長より魔道具を、正確に言えば設計図を渡されている。
制作に必要な素材は高価で入手困難。加工難易度も異常に高く制作可能な人材は限られている。しかし、その制作難易度に比例してその性能は破格で、持ち主の力を十全以上に発揮させるものとなっている。
レンに渡された設計図の完成形、『百手類』はレンの環境を利用して武器にする柔軟性に対応し、その力を遺憾無く振るえる自由な魔道具だった。
当然、ジャリスにも設計図は渡されていた。そして、時間を掛け、血を吐きながらそれを完成させていた。
副会長はそれを作るのに当然吐く思いをしたが、それでも通常業務と生存の次くらいにはそれの制作を優先していた。
何故なら、ジャリスがそれの設計図を見た時に『一学生がなぜこんなものを作れるのか?』・『これを作った人間の発想は明らかにまっとうではない』・『作ること自体がリスクかもしれない』という思いを過らせたが、それ以上に『これは使えるものだ』と判断したからだった。
レンの魔道具の根幹は『周辺の絶え間無く変わる環境を武器にして使う適応力を持った武器』だった。
それに対してジャリスの魔道具の根幹は『絶え間なく変わる環境に対抗して生存する為の適応する武器』だった。
変化するものに対して泥臭く無様にみっともなく対抗するその武器の名前は……
『胸像崩し』
追跡者が無力化されたのを確認した後で男の手の中で武器が形を変える。
グリップ部分はそのまま。太い銃身が外れ、先程まで牽制に使っていた弾丸を放つ為の銃身が再度取り付けられる。
懐から取り出した弾倉を取り付けて再度逃走を始めた。
名前の由来は勿論有名な名探偵の小説、『空き家の冒険』から。
どんな場所でも、誰に対しても、使い手が対応を間違えなければこの銃はそれに答えてくれます。