決死行回避
泣こうが喚こうが結果は変わらない。
しっかり固定された椅子を蹴り飛ばして爪先が内出血で酷いことになっても当人の足以外に影響はない。
だから、折角の翼とその乗り手を失い、何も得るものがなかった最悪の結果は揺るがず、あの翼以上のカードを持たない以上、汚名返上の機会はもう無い。
強いて、本当に強引に、強いて得たものがあるとすれば……
「もう手遅れじゃねえか。クソが!」
苦々しく吐き捨てる。
あれが、あの怪物が本当に怪物とは一切考えていない。
だが、無視して良いものではない。少なくともこの場所を嗅ぎ付けて制圧出来るだけの力はある。空を飛んでいる相手を迎撃するだけの力はある。
だとしたらあれは何か?考えられる候補は3つ。
1.火柱を起こした張本人かその一味の迎撃
2.同じように調査しに来た奴等の妨害
3.先手を取って目的地に陣を敷いている奴等からの迎撃
どれを引いても厄ネタばかり。戦闘力が全く無い現状ではどうやっても抵抗出来ない。
蹂躙されて最悪死ぬか、全力で逃げて何とか命を拾って役立たずとして始末されるか、どちらにしろという奴だ。
もう逃げるしかない。ここから逃げて、今までの居場所からも逃げて、誰も彼もから逃げないといけない。
最悪の気分だ。逃げ回るネズミのような生き方なんて………
一通り荒れに荒れ、暴れた後。
男はそれ故にその部屋に残されていた奇妙な布切れに気付く事なく、逃亡生活を開始した。
それが一体何なのか、それを知った所で意味のない事なので、気付いたところでどうという事は無いが……
すぅすぅと小さく寝息を立てて眠っている。
結局、余計な仏心で荷物を抱え込んだ結果、シェリー君が眠りについたのは空が僅かに明るくなり始めた頃からだった。
気絶させた三者の元からそれぞれ戦利品を奪い取り、三者を離れた場所に捨て置き、その際に他の派閥から一部強奪した品を置いておく。
起きた際に三者が考える事は一緒。
この奇妙な仏心と最後に聞いた言葉の意味について。
自分達は確実に殺されているだろうと今際の際を確信して生き延びて。
その時の事を思い出せば正体不明の相手からの謝罪(一名を除く)。
自分がどうやってやられたかも解らない状況で、更に突っ込んで村の奥まで無謀で確実な死の行軍はしたくない。
援軍を呼ぶか、諦めて逃げるか。どちらを選んでも我々の時間稼ぎにはなる。
何?もし決死行をやらかしたとしたら?
証人が居なければ証明は出来ない。
死体が無ければ殺人事件ではない。
知らなければ血に汚れた手は水で洗い流せる。
それだけの話だとも。