おばけなんてないさ
「ただいま戻りました。私のお得意様は何処に……」
イタバッサは特に声を上げるわけでもなく、誰かを呼ぶわけでもなく、平然と仕事を終えて自宅に帰ってくる時のように、何事もなかったと言いたげに帰ってきた。
金銀財宝を手にしているわけではない。多くの人を連れて凱旋というわけでもない。
しかし、シェリー君の不安そうな表情を見て、非常に僅かにしかし得意げな様子を覗かせる笑顔を浮かべた。それが答えだった。
「首尾は上々の様ですね。」
「あぁ、だからこそこれから忙しくなる。準備は、良いかね?」
「はい、非常に難しいことと思いますが、出来る限りの事を。」
不安と覚悟の入り混じった表情。やる気は十分だ。
「では、歓迎の準備だ。」
日が落ちていく。棟梁達は自分達の馬車へと戻って眠りにつく、村人達のほとんどは家へと戻り灯りを消し、地下施設は絶え間無く動き続けている。
そして、眠りにつく者が居るからこそ動き出す者達も居る。
私としては面倒で厄介な連中だ。なにせ成長期の人間の睡眠が削られるからね。
「暗殺者やら犯罪組織の連中が皆昼型なら良いのだがねぇ。」
「教授、意味が解りません。」
夜闇の中を音もなく歩く。
敢えて人の痕跡がある場所を踏まず、獣の気配さえない道無き場所を行く。
下は人の腰まである丈の草むらで、その間に乾いた泥で輝きを閉ざされた琥珀が転がっていて、繁る歪んだ木々の枝は複雑に絡まり網か柵の様に来るものを拒んでいた。
なんの準備もなく、なんの力もない者がここを歩けば3歩と行かずに足を取られ、木々の枝に絡め取られて全身傷だらけになるだろう。
そんな中を、音もなく歩いていた。
優れた技術とそれを更に高める道具。これらが合わさることで木々を揺らす風よりも静かで速く、誰かに聞かれずに進むことが出来ている。
月を雲が覆い隠し、誰かに見られずに進むことが出来ている。
さる御方からのご依頼。
この前起きた火柱の発生場所と原因を調べよという御依頼主様は俺の命に頓着がなく、提示することで失う金にもさほど頓着がなかった。
生きるも死ぬもどうでもいい人間を送り、戻ってくれば良しのろくでもない仕事とも言えないお遣い。全うな人生を送っていない自分には相応しい。
この辺りには怪物が出るという噂だった。今回起きた火柱はそれがやったんだと、まことしやかに囁かれ、足が竦んでいる者が何人も居た。
笑える。普段血を見て骨が折れるのを見て痛みに悶える人間を見て嗤っている同類が何を今更。
お化けなんて馬鹿馬鹿しい。
カサリ
風も無いのに木々が大きく動いた。
400万PV突破!ありがとうございます。
さぁ、500万へと続く道。歩いていきますので応援よろしくお願いいたします。
ブクマ、いいね、誤字脱字報告ありがとうございます。
何故にあんなミスしたのでしょう?