無粋な対価
距離感は徐々に近付いていった。
「これは、なぜ大きく削ったのか?ではなく、なぜもっと少なく削って済む場所があるのにその部分を削らなかったのか?と考え方を変えた方が良いかもしれません。」
「そうか……ここで削ると他の部品と組み合わせにくくなるから、敢えてより深く削って組み合わせやすく……これならこっちと組み合わせやすくなる。」
「私は特に大柄というわけでもないので、小さい部品を組み合わせた方が大きさの調整をしやすかったのかもしれません。」
うら若い乙女が二人、椅子と木屑を前に話し込んでいる。しかも話の題材は大工の仕事について。
奇妙な光景だ。
「私にはここの加工は未だ難しそうです。十回に二回くらいしかうまく行きそうにありません。」
「二回も出来るのであれば素晴らしいと思います。私は物を作ろうとすると十回に十回は失敗しますし、百回作って出来た物についても教わった完成系よりずっと不格好で扱いも下手なので……」
そして、楽しそうだ。
彼女達の奇妙なガールズトークは椅子の残骸を基に広がり、距離はずっと縮まっていった。
話はどんどん広がりを見せていった。
「ウチの父…梁、腕は良いんですけど、あの顔と愛想なので仕事を請け負うまでが大変で……」
案の定だった。寧ろあの年齢までアレで生き残っていた事こそ称賛に値するくらいだ。
「でも、本当は良い人なんです。顔はあんなんだし、無口だし、大工道具の扱い以外は不器用だけど、自分の財布を盗もうとしていた馬鹿なガキに服と食べ物と、それと帰る場所をくれる様な人なんです……。」
見習い少女は過去を振り返るようにしみじみと口にする。
それは、素敵な思い出とは程遠い思い出で、同時に素敵な思い出と素敵な現在へと繋がる思い出という訳だ。
ビルディー=トーリョーとカーペン=トーリョー。
苗字が同じであったが、今の比喩の様なお話を受け取るとそうなる。
「そうだったのですね……」
シェリー君はそれに対して何かを答えようとはしない。
答えないし、答えられる訳でもないからだ。
「だから、今こうして商会お抱えの大工になって、あんなでも皆さんから優しく接して貰える今の棟梁が見られて、棟梁が不器用でぶっきらぼうでもとても優しくて凄い人なんだって知ってもらえて、私は幸せなんです。」
言い切った。そこに迷いも躊躇いもない。
「貴女が、父さんと話をしていて、私は嬉しかったんです。あんな父さん、滅多に見れないから。
だから、この椅子は、父さんもうれしかったから、くれたんだと思います。」
そう言われてしまった。
「どうするのかね?シェリー君。
この少女のこんな言葉を聞いて、その上で職人の正規の対価を渡したとあってはかの棟梁殿の厚意と行為に値段を付ける無粋になってしまう。」
意地の悪い私の問いに対してシェリー君は若干頭を抱えるように言った。
「あの椅子は、素直に頂くことにします。
その代わり、モラン商会での待遇をより良くして、より良い仕事を回せるように、手配いたします。」
そういうことになった。