棟梁の逃走
この仏頂面の棟梁への評価は総じて、意思の疎通や表情筋に関しては若干難有りと評するが、それを減点としても余りある技量の高さと視野の広さだった。及第点と言えよう。
椅子を作る最中、この仏頂面棟梁は終始一貫してシェリー君に伝える動きをしていた。
言葉こそ足りなかったが、最初に木材を鋸で挽いて見せて、通常の方法では切れないことを確認させて、その後で切れる方法を提示していた。
木槌で切れるポイントを確認したときもそうだ。敢えて音の違いを複数回聞かせてこちらがそれに気付いた事を確認してから次の作業に移っていた。
そして、全ての作業がシェリー君に見える様に角度を調整しながら作業していた。
明文化こそしていないが、受け取る側に非言語的な意思を汲もうとする姿勢があれば概ね面倒見が良い人材と言える。実力と指導力を兼ね備えた、長期的に見て優秀な人材だ。
そして、その優秀な人材とその人材を雇っている会長が今何をしているかと言えば、愚かな争いを繰り広げていた。
「これだけの品に対して対価を払わないのは冒涜です。一般的な市場価値を鑑みて相応しい額を払わせて下さい。」
「サービスだ。要らん。」
「淑女として、優秀な人材に不当な評価をするわけにはいきません。これを無償で貰い受ける事は私としては許せません。」
「なら、薪にするか黙って貰うか選べ。」
椅子の代金を巡って払う払わないで大揉めしている。
無論、報酬を払う側と報酬を払わないの応酬だ。
頑固者二人、何をやっているのやら……。
限られた材料。しかも訳あり難あり材料でどこまで出来るかを視察する目的で来たが、その目的は果たせた。
建築に関してだけなら問題無く、予定通りに事が運ぶ。
「薪にするなんて……とんでもありません!」
「なら嬢ちゃん、これはお前さんの椅子だ。持ってけ!」
「ならばこそ、相応の対価を……」
「この程度で対価だの何だの言うなんて烏滸がましい。諦めて、ただ持ってけ。」
互いに互いを評価している。故にこそ一触即発の現状。
面倒だな。
「いたいた、とう……棟梁!」
ここに来て二人の争いに割って入る者が居た。
「なんだ?」
棟梁が醜い争いを一度中断して目を向ける。声の主は短髪で手に細かな切り傷が沢山ある木屑を服のあちこちに付けた少女。
「『なんだ?』じゃありません。
『明日村の家を片っ端から直してやる』と村の人達と約束したのは棟梁でしょう?
皆待っていますよ。早く行ってください!」
「……あぁ。」
一度考え込み、そして一瞬自分の手元を見て……
「片付け。」
「解りました。」
してやられたのはシェリー君。身軽な棟梁は道具箱を持って駆け出した。
「あっ」
気付いたものの、手元の椅子を放置するのを躊躇ったのが悪手。そのまま逃げられた。
朝一番の投稿で淑女回級のPVが出ました。早起きは淑女だと?