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仏頂面

 「……温度差で加工がしやすくなる。」

 取り出した水の入ったコップの中に道具箱から取り出した(ノミ)を突っ込む。鑿にはスイッチがついており、それに触れると鑿を中心として水が凍りついていく。水から引き抜いた鑿には氷が付着していた。更にスイッチに触れると今度は氷が溶けて蒸発していった。

 加熱と凍結をスイッチ一つで行えるというのは中々便利だ。

 部品を取り出し、濡れた(ノミ)を拭いて、槌を取り出して加工していく。

 いきなり削らず加工する場所に加熱した鑿を押し当てて一度待ち、その後鑿を低温にして削ると、僅かだが木屑が生まれる。

 固い感触が伝わってくる。だが少しずつ、薄くだが、削れていく。凹凸が大きくなり、パズルのピースが形になってゆく。

 それからは冷やして温めて削り、冷やして温めて削り、冷やして温めて削りそれを繰り返し……徐々に徐々に自然に近い形だった木材が人工の形へと変わっていく。

 背もたれ、脚、席の形が見えてくる。

 棟梁の座っていた椅子の構成パーツとは違う形状。だが、そのパーツから伸びる奇妙な形状の凹凸が噛み合うように脳内で組み立てていくと一足先に一つの形が出来る。

 「凄い……」

 不馴れな環境、限られた道具、加工が困難な材料。

 悪条件を並べ立て、最早嫌がらせとしか思えない状態で過酷さを称賛に値する品を作り出す。

 幾百幾千と繰り返した作業をするように、躊躇いも淀みもなく、流れるように作った部品を完成形へと変えていく。

 「できた。」

 過程は見ていた。

 木材は無くなり、僅かな廃材が地面の片隅に置かれ、棟梁とシェリー君の前には椅子が一脚。

 『座りな』と言わんばかりに棟梁は無言で促す。

 「……失礼いたします。」

 遠慮がちに、おっかなびっくりに出来立ての椅子に座る。息を呑んだ。

 「…………驚きです。」

 フルオーダーメイド。シェリー君の手足の長さ、指の長さまで考慮された寸法の快適な椅子がそこにはあった。

 重ね重ねだが、モラン商会の会長、シェリー=モリアーティーは会長でありながらモラン商会に足を踏み入れた事が無い。商会に所属する人間との面識もなく、会長の正体を知るのは発足時に居た者以外にはあの商人くらいのものだ。

 シェリー君とこの仏頂面の凄腕大工はこの村で初めて出会ったし、まともな邂逅に関しても先程が初めて。

 「どうやってこれを……私の為の椅子を作れるのですか?」

 設計図を書いた様子は無い。頭の中だけだ。

 メジャーを持ち出してシェリー君を計測した訳でもない。

 これはただ……

 「勘だ。」

 経験則。人が時に『勘』と呼ぶそれは再現性が無い上に精度が安定しないという欠点があるものの、その二つの欠点を克服したものは実に驚異的な能力として発現する。

 「勘……ですか。」

 「長年やっていると、見て解るようになる。

 道具の扱い方、素材の性質、その場で必要とされているものが理屈ではなく、勘で何となくわかる。

 職人の方の積み重ねた技術と経験は連綿と受け継がれている。そしてそれは秘奥でも何でもない。

 ある程度齧った奴なら誰でも知っている。

 だが知っているそれをモノにして形に出来るかはそいつの腕と研鑽次第。

 だから知りたければ幾らでも教えてやるし見せてやる。自分の力に自信と誇りがあるならば、隠す必要は……無い。」

 仏頂面から紡がれる静かで重々しい言葉。

 しかし、その仏頂面は今までと違うものだった。


 知り合いから聞いた実話をベースにしました。

 『大工の親に図形の面積の勉強を教わったら勘で面積を当てるから参考にならなくて殺意が沸いた事がある』だそうです。

 職人技。凄いですね。


 いいねありがとうございます。

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