ディスコミュニケーション?デスコミュニケーション?
「…………」
仏頂面で返事はない。その挙げ句に凝視されている。
まぁ、睨まれている状態だ。
「失礼いたしました。気になってしまい……つい。
職人の方の積み重ねた技術と秘奥をこの様に訊いてしまうというのは無礼でした。お許しください。」
頭を下げてその場を去ろうとして、小さな声が聞こえた。
「待て。」
声の主は仏頂面の棟梁。それまでの応答未満の反応とは違い、地の底から響く『言葉』だった。
シェリー君が動きを止める。
仏頂面が無言で凝視して5秒。シェリー君が声をかけようとした瞬間、椅子から立ち上がり仏頂面のまま去っていった。
「怒らせてしまいました。」
罪悪感と落胆の表情を浮かべるシェリー君。
「それはないだろう。怒って顔も見たくないなら『待て』とは言わないし、折角自分が座る為に作った椅子を、己の技術を体現している代物を放置してこの場から去るのも不自然だ。
『待て』との事だ。モラン商会さんの人々を信じようじゃないか。」
一見すると雇用主と被雇用者の関係性とは思えない非常に面白い状態を敢えて放置することにした。
「さぁ、戻ってくるまでそれを見ておくといい。興味深い造形だ。」
そう言って先程まで仏頂面のせいで見えなかった椅子に目をやる。
ささくれ一つ無く、木材でありながら上質なソファやベッドの類を彷彿とさせる滑らかな造形。
その技巧が前面に押し出される事はないが、使ったものにはそれが快適という形で伝わる非常に見事な代物だ。
そして、興味深い点は釘を一本も使っていないという点と左右非対称な部品で構成されているという点だ。
釘を一本も使わずに構成されているその椅子は木目を見ればどこからどこまでが一つの部品かを判別する事が出来る。
それを見ていると、椅子全体の形状は左右対称だが木で出来た部品の形状が左右で違う事が解る。
例えば、椅子の右足二本はその中ほどで凸と凹の二つの部品が噛み合って一本になっているのが解る。だが、左足二本は三つの部品と四つの部品がそれぞれ組み合わさって構成されている。
全体図で見ると左右対称で矛盾や歪みは一切無いが、個々で見るとバラバラな部品を継ぎ接ぎした様に見える。
「そうですね、あの木材でこれだけ緻密な部品が作れる点もそうですが、何故この様な構造を?」
触れない様に細心の注意を払いながら観察するシェリー君。その答えは……
「これを作った本人にでも訊くといい。訊ければ、の話だがね。」
「それはどう……いう……。」
シェリー君が唇を固く結んだ。
戻ってきた不愛想な棟梁のその両手には縛られた木材の束と幾つもの鋸や槌、メジャーの類が入った道具箱。
先程よりも更に険しい表情で、鈍器と刃物を持ってシェリー君の前へと戻ってきた。
「……とても失礼な事をしてしまったのですね……」
「未だ解らないさ。」
無口な職人気質親方。結構好きです。