淑女の重威圧
犯罪都市の一線を越えた猛者揃い、『ウィービル』。
警戒厳重な金庫から金品財宝を奪い取る月光に照らされた大スターであり、弾丸と魔法飛び交う鉄火場の華であり、鑑定人を嘲笑い唾を吐く様な贋作を積み上げる芸術家でもある。
醜悪の中の醜悪、掃き溜めの中の汚物の極致。戦闘力もさることながら卑怯非道外道をそれと思わぬ連中のしぶとさは警備監察官を相手に大立ち回りが出きる程だ。
それだけの強大な力の存在がマナストフィアへの不干渉に繋がっていた。
そんな『ウィービル』がなす術無く地面に伏して踏み潰された虫の様になっていた。
相手は一人、不意討ちではなく、真正面から堂々と、しかも両手を塞がれた状態でありながら、文字通り全員瞬殺してみせた。
絶命には至らないものの、主要な骨という骨が原型を留めないほど砕かれている。
凄腕の闇医者が危険な治療方法を駆使したとて、それが全て上手くいったとて2年は再起出来ない事が既に確定している。
重傷も重傷、どんな藪医者でも大怪我であると口をそろえる程の大怪我である。
しかし、これを成した淑女は決して理性を手放したわけではない。
手足の骨は既に砕けている。肋も鎖骨も顔の骨までも現在進行形で更に砕けている。徹底的に壊されている。
怒りはある。自分の教え子を散々痛めつけて死にかけていた状況を見て怒らない訳がない。挙句の果てに小娘と侮辱をされて怒りを収める方法は無くなっている。しかし、理性は、淑女たろうとする信念は揺らいでいない。
もし、彼女が理性を完全に手放し、自分の力を感情のままに振るっていたとしたら……
この魔法、『淑女の重威圧』とでも名付けるべきものは本来ならば対象を圧し潰して拘束する魔法……ではなく、範囲内に居る者を拘束と同時に絶命させる殺戮の魔法だ。
本来ならば殺傷力と拘束力が不可分で比例する筈のこの魔法を、技巧で強引に拘束力だけ抽出して使ってこの状態だ。
もし、彼女が理性を手放し、自分の力を感情のままに振るっていたとしたら、骨の砕ける音と地を這う屈辱を味わう前に弾けて死んでいる。呻く事も震える事も出来ず、残るのは血を吐いて全身が潰れた不審死体だけだ。
現状は紛れもなく彼女が淑女であるが故の慈悲なのだ。
(殺してやる!)
痛みに震え、呻き喚き怨嗟と呪詛に塗れた言葉を投げつけたいが生憎と今は地面に熱烈な口づけをしているので復讐の念を燃やす事しかできない。
彼女の慈悲が伝わっていないことは言うまでもない。
伝わるとしたら、それは絶命の瞬間だけであろう。
淑女は淡々と静かに歩いていく。
ブックマークありがとうございます。
今回の淑女回はとりあえずここで終了。次からいつものモリアーティー達に戻ります。




