海外で闘う日本のおじさんサラリーマン
第1章 邂逅
霧雨だ。
ガーデンホテルの裏口ゲートを潜り、従業員用の駐輪場の外れに、乗ってきた愛車の電動バイクを止めながら、男は少し憂鬱な気分になりながら、フルフェイスマスクのシールドの水滴を手袋で拭った。
この季節の上海は、陰冷と云われる湿った冷気に包まれていて汚水の水溜まりが道を覆っているのでバイク乗りには最悪だ。
上下の黒いジャケットのジッパーを下げると真っ白なワイシャツと濃い紺のスーツ姿が現れるのを見て、
近寄ってきた警備員が驚いた表情を見せるのを無視して着替えを続ける。
ガソリン車なら燃料タンクがある場所に設けられたメットインから黒い革靴を取り出し、
靴の入っていたバイクブランドの布袋に、ジャケットとプロテクターを入れてメットインに戻す。
車寄せからホテルに入り、履き替えたハーフサイズのライディングブーツ入りの袋とヘルメットを手荷物としてクロークに預けると、エレベーターホールを進み、レストルームに入ってポケットから出した紺柄のネクタイを締める。
鏡の中には、どこから見ても駐在員然とした日本人サラリーマンが居る。
髪を軽く直した後、左腕のロレックスで時間を確認し、スーツの内ポケットから出したIDタグを首から掛けた。
レストルームを出ると、日本総領事就任披露パーティーの出席客でごった返していた。
「やあ」
男が掛けられたられた声に振り向くと、初老にしては若々しい商工会の会長が立っていた。
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2019/05/17