2.
「まさかお嬢ちゃん、ソロなのか!?」
唐突に何?
それに何でよりにもよって『ソロ』って特定の名前をあげたのかしら?
それもソロって男性名でしょ?
レニィちゃんと比べると些かどころか何段階分か女らしさは下がると思うけど、でも男の子に見えるっていうの!?
それはひどすぎない!!
「ソロじゃないわ! 私の名前はミッシュよ!!」
声を荒げて主張する。
そして失礼しちゃうわと膨らませた頬をぷいっと向けてやる。
すると男は失礼を重ねるかのように「こりゃあ驚いた」なんて声を漏らすのだ。
「男がドレスなんか着るわけがないでしょ!!」
いくら王都で出回っているものよりも安物だとはいえ、私はれっきとしたドレスを、女性のための洋服を身にまとっているのだ。
自分が全く女には見えないなんて思いたくはない。
だがもしそうだったとしても、顔面以外の判断材料が与えられているうえに名前まで教えたにも関わらず、男だと言い続けるなんて失礼すぎるわ!
「この店は並べている武器は一等品でも、店員は最悪なのね」
そう吐き捨てて、目の前の男を強く突き放す。
それに男はヨロリとよろめく。そして目をパチパチとさせて自分がなぜ怒鳴られているのかわからないという表情を浮かべる。
もう時間の無駄だわ!
勢いよく身体を反転させて、出口へと足早に向かう。不機嫌を隠そうする気さえおきない。
私がこんなに怒りを露わにしているというのに、男は私の後を少し遅れて付いてくる。そして私がドアノブをつかむよりも早く、男によって私の腕が捕まえられる。
「待てよ。あんた一体、なにに怒ってるんだ?」
この男はどれだけ無神経なの!
はっきり言わなきゃわかんないなんて、この男、絶対女性にモテたことがないに違いない。
まぁこの男がモテようとモテまいと、なんなら女性の怒りをどれほど買っていようとも私には構わない話だ。
だがどうせ今回限りでもう会うこともないだろう。ならここは私が少しだけ大人になって、親切に教えてあげようではないか。
「私は正真正銘の女なの。信じられなくたって何だって、ソロなんて名前の男じゃないのよ!」
どれだけ鈍感だろうと、無神経だろうと、ここまで言えばわかるでしょう?
腕を思い切り振って、男の手を振り落とす。すると男はあろうことかお腹を抱えて笑い出した。
「ふっ、ははははは。ソロが男の名前か。なるほど確かにそういう名前のやつもいるわな。ふっ、だ、だからあんたはそんなに怒ってたのか」
こみ上げる涙を手の甲でふき取りながら、男はなおもあふれ出す笑いと共に独り言をつぶやく。
意味が分からないんだけど……。
もしかしてこの男、頭がおかしい人だったのかしら?
ならば別の意味で早々にこの店を去らねばならない。
すうっと一歩身を引いてから、男に見つからないうちに出入り口へと向かうためのタイミングを見計らう。
けれど男は興味深いものを見つけたとばかりに、私から視線を動かそうとはしない。
「逃げるなよ。ただ驚きと笑いが一気にこみ上げただけだ。だってまさかそこまでの強さを持ちながら冒険者じゃないとは思いもしないだろ……」
なんでこのタイミングで冒険者なんて言葉が出るのかしら。
本当に意味がわからないわ。
とりあえず話を続けていればいつかは逃げられるだろう。
逃げ道の確保を怠らないように気をつけながらも、男の話に乗ることにする。
「冒険者になれるほど、私は強くないわ」
その言葉にウソはない。
だって冒険者っていうのは魔物と戦ったり、時には犯罪者と対峙したりしなきゃいけない仕事でしょ?
なら小型の動物を短剣で狩るのと、山賊や酔っぱらいをチョップで撃退することしかできない私には到底無理なことである。
だというのに男は「冗談きついぜ」と手をパタパタと横に振ってみせる。
「冗談なんかじゃないわ!」
「実戦は見てないが、これでも鍛冶師なんでな。人の身体をみりゃあどれくらいかなんてすぐにわかる。嬢ちゃんがなれないっていうんだったらこの国の冒険者の9割が廃業しちまうよ」
「こんな田舎娘よりも弱い冒険者なんて酔っぱらいにも勝てるわけないわ。そんな冒険者はさっさと廃業して、剣の代わりに鍬でも持てばいいわ。うちの村は最近若者が二人も抜けて、働き手不足に陥っているからいつでも歓迎するわ」
冗談は冗談で返すのは一種のマナーのようなものだって、レニィちゃん家のおじさんが言ってたわ。
だからそうしたのに、男は信じられないといったように顔をしかめる。
「あんた農民、なのか……? 本当に? 普通、鍬振り下ろすだけでそこまで鍛えられるか?」
「農民バカにしてるのかしら? 農民だって必要とあれば狩りくらいするし、幼い頃から簡単な剣術と体術くらい教えこまれてるわよ」
「少なくとも俺の知ってる農民の娘は剣術も体術も習わないんだが?」
「え、じゃあ畑に動物が入り込んだ時はどうするのよ」
そのために傭兵とか冒険者を雇っているとか?
駐在してもらうとなると、結構お金かかりそうよね……。そんな余裕のある農家なんて、そんなに数はいないはずだ。
「男を呼んで追い払ってもらえばいいんじゃないか?」
「あなたは実際に対峙したことないからそんな悠長な考えが出来るのよ。目の前の動物がそんな暇を与えてくれるわけないでしょ! いい? 人間に牙を向ける動物を見つけたら狩られる前に狩る。これが農民の、いえ、田舎に暮らす者の鉄則よ」
目があったらその時点で、相手にとっても狩りはスタートしているのだ。
たとえどんな相手だろうと、命を持ったものを相手するなら最大限の尊敬を胸に、長引かせずに片づけるのがベストな戦い方である。そしてみんなで美味しくいただく――こんなの子どもでも知っているような常識である。
「それ、どこの戦闘民族だよ」
「田舎の農民よ」
どこの村も一緒のことだろう。
だがどうやら都会暮らしと田舎暮らしでは、越えられない日常生活の差があるようだ。
「そんなことよりも、だ」
場を立て直すように男は間抜けな顔からキリッとした顔つきに変えて、私をまっすぐに見据えた。
「嬢ちゃん、頼む。あんたが一生使いたいと思ってくれるような、そんな武器を俺に作らせてくれ」
「はぁ?」
綺麗に腰を90度折り曲げた男の放った言葉に、今度は私が間抜けな顔をさらすこととなった。