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結局私が手に取ったのは、私の背の半分ほどの長さの細い槍である。槍というよりは先の尖った鉄製の棒に近い。
これは刺すようにして使えばいいのか、それとも振り回すべきなのかはわからない。
だって槍自体、使ったことがないのだ。村で誰かが使っているのは見たことはあるが、使い方は人によって違った。それに形もみんな、ちょっと違ったような気がする。わからないことだらけだ。
だが私の手に馴染む唯一のものがコレだったのだ。
値段もお手頃、とはいえないが私には心強い『馬車代』がついている。
どうせもらったことなんて言わなきゃバレやしないのだ。いや、もし言ったとしても多分、武器に使ったって素直に言えば父ちゃんも母ちゃんも許してくれるはずだ。
これがもしも『王都グルメ食べ歩き』なんかに使っていたりしたら、燃えさかる業火の如く怒り出すだろうし、もうなんなら母ちゃんたちの分を買い直すまで戻ってくるなと言われそうではある。
だが、武器だ。
武器ならきっと大丈夫!
私はどこからかやってくる自信を胸に、これに決めたとカウンターに向かう。
けれどそこには、先ほどまで確かにいたはずの少年の姿はなかった。
カーテンがかかって見えなくなっている、奥のスペースに下がってしまったのだろう。
お客がいる状態でレジを離れるってって、不用心すぎるんじゃないのかしら?
さすがにうちの村でもよほどの仲でもない限り、なかなかそんなことしない。だからといって別にレジのお金を盗んだり、ましてや店に並んでいる武器を盗んだりはしないけど。それでもやはり用心をするに越したことはない。それに後から知らないお客さんが来る、なんてことも十分考えられるのだ。
王都ってそんなに治安がいいのかしらね、と思うことにしよう。
国王陛下のお膝元だし。
そんなことはとりあえず横に置いておいて、奥に向かって「すみません」と声をあげる。
すると奥から出てきたのは先ほどの少年とは別の人物だった。
その男は伸びきった黒い髪を掻きながら、面倒くさそうに「何だ、決まったのか?」と口にする。
明らかに客にとる態度ではないのだが、気にしたら負けだろう。
年齢不詳のその男に先ほど決めた槍をずいっと差し出して「これください」と宣言する。
「んぁ?」
そして男がそれを受け取り、視線を落としたのを確認してからポシェットからお財布を取り出す。すでに値段は確認済みだ。いくらか返ってくるだろうお釣りを基準にして、どんなお菓子を買うか決めることにしよう。
そう思いながら財布の中からいくらかのお金を取り出す。けれどそれを手渡すよりも早く男が衝撃の言葉を口にする。
「この槍は嬢ちゃんには売れねえな」
「は?」
「というかこの店には嬢ちゃんに売れるようなもんは……今のところない」
「ウソ……!?」
ここ鍛冶屋さんよね?
鍛冶屋さんって武器を売る場所よね?
王都のお店って購入拒否とかあるの!?
田舎者には売れないとか?
それとも『どれすこーど』ってやつがあるとか?
あったところで、鍛冶屋のどれすこーどなんてどんな服を着てくればいいのかなんて分からないけど。
でもそれなら先に言って欲しかったわ……。
折角いい武器見つけたと思ったのに、鍛冶屋さんから探し直しか……。
肩を落として、外を眺める。
窓から見える外の景色はもう赤く染まってしまっている。別の店を見つけたところで、今日の最終馬車の時刻まで、と今日の私には明確なタイムリミットが存在する。そんななかで今ほど時間をかけて選べるかは疑問である。
いや、他の買い物もあるし不可能に近い。
ならひとまず今日はどこかに泊まることにして、宿を決めてしまえばいいのかもしれない。
だがここは王都だ。
当然、宿賃も高いに違いない。というかそもそも夕方のこの時間に部屋が空いている宿屋なんてあるのかしら?
あっても高そうだなぁと思考はやはり堂々巡りである。
仕方ない。他の買い物をする途中で適当なお店に入って、始めに目に付いた短剣を購入して帰ろう。
父ちゃんには悪いけれど、それも一つの縁である。
わずか二、三分の短い時間ではあったが、将来の相棒と見込んだその槍を手に入れられなかったことを悔やみつつ、この店を後にすることを決断する。
この槍は置いてあったところに戻して、と手を伸ばす。
すると伸ばした腕と手は、男によってガッシリと掴まれる。そしてその男は、何やら独り言を呟き始めた。
この男はいったいなにをしているの?
不気味さを感じながら、耳を傾けてみる。
「この筋肉のつき具合はやっぱりパイク向きじゃねえな。手の大きさはこのぐらいのグリップが一番握りやすいだろうが耐久性がな……んー」
「あの~」
まるで私に合う武器を探してくれようとしているように見える。
ということはさっきの言葉ってもしかして、私に売る物はないから帰れという意味ではなかったの?
「利き腕は右だよな。だからといって左右で筋力や握力にさほどの差があるわけでもない……か。いい鍛え方してんな。さすがはAランク冒険者を退けるだけのことはある。工房まで聞こえた風の音からして細かい動きの方が得意なようだから、短剣か双剣がいいか? だがパワーもあるから、一概にそう判断を下すのはよくないな。だとすると槍も種類によってはありだよな……」
敵意や悪意の感じないその男をとりあえずは好きにさせることにする。
そして私は、自分の世界に入りきっている男をじいっと眺めることに専念する。
「なぁ嬢ちゃん」
「な、なんですか?」
まさかこちらを向くとは想像もしていなかった。だから唐突に目に入った漆黒の瞳に少しだけ驚いてしまう。
「あんた、普段はなに使ってる?」
「短剣です」
「見せてくれ」
どうやらこの男、今度は私の現在の武器に興味を持ったようだ。
だが残念なことに私は今、その短剣を持ち合わせていない。
「すみません、今は持ってなくて」
当然だ。城に滞在中の兄ちゃんに婚約解消の書類にサインしてもらうついでに、お買い物することが目的だったのだ。
間違えても狩りをするつもりなどではない。
それにもし王都から帰る道中で動物が襲ってきたところで、動物多発地域のコンラット村に向かう馬車にはもれなく冒険者か傭兵が乗り合わせている。つまり私みたいな小娘が短剣一つ持っていたところで出番などないのだ。
ならば城への短剣の持ち込みが不敬に当たる! なんて言われないためにも、余計なものは置いていくことにしたのだ。
荷物も増えるし……。
「持ってない、だと!? いくら王都とはいえ、武器も持たず、パーティーメンバーも連れないで出歩くなんて不用心すぎやしないか?」
「パーティーメンバー?」
なにそれ?
王都ではなにかしらのパーティーを行うためのメンバーを常に連れて歩いているものなの?
王都の人ってどれだけ浮かれてるのだろう……。
都会は不思議な習慣があるのね~と感心していると、私から手を離した男の目はまんまるく見開いた。




