4.
「じゃあ、私帰るわね!」
兄ちゃんとの話し合い? を終えた私は、今後二度と足を踏み入れることのないだろうお城を外から存分に眺めて帰ることにした。
「やっぱり立派な建物よね……」
行きは国王陛下が出してくれたのだという、王家所有の豪勢な馬車の窓からちらりと覗くことしかできなかった。
さすがの私も、あんな高そうな布で遮られた窓から身をのりだせるほど肝は座っていない。
そもそも馬車の乗り降りだって神経すり減らしたと言っても過言ではないのだ。
馬車に乗るのは、なにも今回が初めてのことではなかった。何度か乗り合いの馬車に乗ったことがある。
だがそれと今回のでは雲泥の差があった。
私にとっての馬車は、いつでも後ろから人が乗れるようになっている。
横からも特に遮るものはなく、身を乗り出すことも可能である。例えるならば、荷馬車に木の長椅子をつけたような感じのものだ。聞くところによると、長時間の移動ではお尻が痛くなることもあるらしい。
車輪からの振動とかもあるから仕方のないことなのだろう。だがその分、利用しやすい値段になっている。貴族様でもなければこれで十分である。
お尻が痛いのは……まぁ、少し我慢すればいいだけのことだ。
だが今回用意された馬車は、なんと完全に外とは遮られており、ドアまでついていたのだ!
これは完全にお貴族様が使うような馬車だ。
こんな豪勢なもの、村娘にすぎない私が使ってもいいのかしら? と思わず気後れしてしまった。
だがわざわざ用意してもらった馬車に乗らない、という選択肢は私には与えられていなかった。馬車代も意外にお高いのだ。
お高そうな馬車のドアノブはキンキラキンに輝いていて、それに惹かれて手を伸ばしたらボッキリいっちゃいそうだった。そうなったらどうしようかとつい想像して、手はもちろんのこと、身体も触れないように注意を払うことにした。
それに窓についている小さな窓枠のフレームは細くて、手を置いたらベッコリとへこんでしまいそうだったし、なんなら馬車に乗るために用意された台なんか踏み抜いてしまわないかと冷や冷やしたものである。
普段の私からは想像できないほどに慎重に行動して、やっとの想いで乗り込んだ馬車の中も驚きだった。
なにせ中の椅子は木製なんかではなく、ソファのようなものだったのだ。
それも私のベッドの布団なんかよりもずっとフカフカで、どんなに長く乗っていてもお尻が痛くなるなんてことはあり得ないのだろうもの。王都に着くのがもうすこし遅かったら、横になって眠ってしまうところだった……。
そんな馬車を、国王陛下は帰り分も用意すると言ってくださったようで、城に仕えている男性が帰りの馬車を用意してくれていた。
だが私は、他に用意されていた土産物だけはありがたく受け取って、馬車の方は丁重にお断りをした。
壊しそうで怖い、なんて恥ずかしくて言えなかったから言葉を濁していたのに、わざわざ見送りに出てきてくれていた兄ちゃんはなんてことないように当ててしまった。
「壊しそうで怖いんだろ? 実際、俺とレオンは乗ってきた馬車壊したからな!」
まさか兄ちゃんとレオンがやらかした後だとは思わなかったけど。
いやぁ、私の乗った馬車はなにも被害を出さなくてよかったわ。
ほっと胸をなで下ろすと、断られることを予想していたかのように男性はお金の入った袋を取り出した。
「ではこちらを馬車代にお使いください」
「ですが……」
「馬車の修理費用よりはうんと安いのでお気になさらず」
ニッコリといい笑顔でそこまで言われて、ここで遠慮をしてしまうのもなんだか申し訳ないような気がする。
ありがとうございます、と短くお礼を述べて受け取ったその袋は、想像以上にズッシリとした重みがある。
袋のひもをわざわざ緩めなくても、結構な金額が入れられていることは想像にたやすい。
これよりもウンと高い修理費用って一体いくらかかったのかしら?
兄ちゃん、レオン。
勇者様とそのご一行に選ばれてよかったわね。
そんな気持ちを込めて視線を送ったのだが、やはりというべきか、二人に反省の色は見られない。
それってどうなの?
壊したと胸を張るよりも先に反省しなさいよ……。
相変わらずというか、なんというか……。
たった数週間とはいえ、王都という場所に全く影響されずにいる2人に向かって、私は小さくため息を吐くのだった。