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24.

「え、クラーケンってこれ?」

「そう。これ」

「どこが化け物なの?」


 確かに市場に並んでいるイカよりは大きい。だが村の川に居たヌシの三分の一ほどの大きさしかないのだ。

 これが化け物だと言ったら、コンラット村周辺で捕れる魚がたいてい化け物扱いされてしまうではないか!

 そうツッコミたいところなのだが……これがクラーケンで間違いはないのだろう。


 その証拠に私達三人が向き合うのを確認した兵士達は、すでにこの大きなイカから距離を取っている。もちろん剣はおろさず、いつでも攻撃出来る体制を保ちながら。


「じゃあ姉ちゃん、兄ちゃん、さっさと捌いて食べようぜ!」

「魚は鮮度が命っていうから、さっさと決めるか!」

「ええ、そ「待て!」

 レオンとクラウス兄ちゃんの言葉に賛同して、槍を構えようとするとどこからか言葉が遮られる。

 その声には聞き覚えがある。というかここ数カ月間、毎日耳にしていた声である。


「カディス!? なんでこんなところに?」

 振り返った先にいたのはカディスだ。

 カンナさん達みたいに山の麓に避難したと思ったのに、なんでこんなところにいるの!?

 慌てる私にカディスは距離を取るどころか、どんどん距離を詰めていく。それはクラーケンとの距離も詰まっているということで……。さすがに丸腰のままじゃ危険である。

 カディスには少しでも離れた位置にいて欲しくて、兄ちゃん達の元から離れて、代わりに彼の元へと駆け寄る。


「それは俺のセリフだ! カンナとクラネットからミッシュが勇者に連れさらわれたって聞いたから急いで追いかけてきたんだ!」

「連れさらわれたって、ひどい言い方だな……。俺はただミッシュを誘っただけなのに……」


 クラウス兄ちゃんは心外だと眉を寄せながら、クラーケンの足を軽く剣で跳ね退ける。

 どこから捌いていくかの見当をつけているのだろう。

 イカ刺し、イカ焼き、イカリング……と何かの呪文をブツブツ繰り返しているし。

 今の兄ちゃんにとってはカディスの話を聞くよりも、目の前のイカの方が大切なのだ。


 けれどその態度が気に入らないとばかりにカディスは声を荒くする。


「誘っただけ、ってあんたな! 元婚約者で現勇者のあんたの言葉をこいつが断れるはずないだろ!」

「カディス。嫌だったら姉ちゃんはちゃんと断るさ。それに姉ちゃんが本気で抵抗したら俺も兄ちゃんも止められる訳がない」

「は? そんなわけがないだろう。いくらコンラット村出身だろうと、そいつは女で、あんたらは勇者とその仲間だ。力でねじ伏せる事なんていくらでも……」

「? 姉ちゃんは俺なんかよりずっと強いけど? 抵抗されたらさすがの兄ちゃんも担いでられないし……。あ、そうだ、姉ちゃん。今からカディスに引き上げるところ見せてあげなよ」

「わかったわ! だけど私がやっちゃっていいの?」

「いいよ。ね、兄ちゃん」

「ああ。俺もその槍を見てみたいし、っな」

「そう? なら遠慮なく……っ」


 兄ちゃんの剣に弾かれたイカの足は大きくのけ反るような形になる。


 2人の言葉に私は心は決めた。

 銛突きは私の数少ない特技の一つである。

 せっかくカディスも来てくれたのだ。ここはいいところを見せなくては!


 ペシペシと足を弾いていた兄ちゃんと場所を変わってもらい、いつも銛でそうしていたのと同じように柄の部分を使って相手の動きを受け流していく。

 一手が軽いわね。きっと食べられるなんて思ってもいないのだろう。自分が常に勝者でいられるなんて驕りだ。自然界に生きる以上は常に相手が強者であることを想定して戦わなければ、生きてはいけないのだと村のおじさんが言っていた。このイカはそれが欠如していたというわけだ。


 これはもう私達が美味しくいただかせてもらうしか道はあるまい。


 二つの目の中心部を思い切り突き刺し、クラーケンの身体を持ち上げる。そして陸地に思い切りたたきつけた。王都に来てからすっかり身体が鈍ってしまったせいか、綺麗な円は描けなかったのだけが少し残念である。

 だが海の生き物は陸では生きていけない。つまりは陸地にあげてしまえばこちらの勝利というわけだ。


「終了、っと。私、今、捌けるような道具もってないから後は二人にお願いしてもいいかしら?」

「任せてよ!」

「ミッシュには足一本まるまるやるから、カディスと二人で食べろよ」

「いいの? ありがとう、兄ちゃん」

「ミッシュの捕らえた獲物だしな!」


 イカの足を切り取った兄ちゃんは、私に向かってポンっと放る。それを上手くキャッチしてからカディスの方へと向かう。すると彼はポカンと口を開けて海を見ていた。


「あんた、想像以上に強いのな……」

「え? ああ、うちの村はね、女でも釣りとか銛突きするのよ」

「本当に勇者と同じくらいに強いかもな……」


 嫌われてしまったのだろうか。

 そう思うと、急に手の中のイカがずっしりと重く感じてしまう。


 銛突きなんて女性がするようなことではない、なんて言われてしまったらどうしよう。

 今までカディスに女性らしい一面なんて見せたことないし、何ならがさつなところばかりを見られている気がする。

 それでも恋心を自覚した女としては否定されるのが怖くてたまらないのだった。


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