23.
戸締まりを済ませてから外に出れば、そこにはすでに人の波ができあがっていた。
誰も彼もがクラーケンという化け物から逃げていく。それほどまで恐ろしいということか。
「ミッシュさん。手、放さないでね」
「うん……」
カンナさんの真剣な目に、私もゆっくりと頷く。
目指すのは城の後ろに位置する山の麓だ。漁港とは真逆で、すでに兵士が待機しているから守ってもらえるのだという。
カディスは城にいるだろうから、きっと避難を済ませているだろう。ユーロも今日はカフェにいるって言ってたし、誘導にしたがっているはずだ。
皆がこぞって逃げるなか、レオンとクラウス兄ちゃんはそんなものに戦いを挑むのか……。
変わっていないと思っていたのに、化け物とまで戦うなんて彼らは遠くにいってしまったのかもしれない。
波に流されながら進んでいると、突然ピタリ動きが止まった。人の間から前の方を見ると、何やら人が何かを避けるように左右に分かれているらしい。割れ目は段々と私達の近くまでやって来て、それに従うように私達も右側へと避ける。
人の割れ目から歩いてきたのは、なぜかランランと目を輝かせたクラウス兄ちゃんとレオンである。
「あ、ミッシュ! 今からイカ食いに行かないか」
「兄ちゃん、倒すのが先でしょ。それにしてもレニィに持ち帰るまで腐らないかな? それだけが心配なんだよな~」
一週間前と同じく、私を見つけるスピードは異常だ。
見慣れたものって見つけやすいのかしらね?
それにしてもなんだろう、この2人……。明らかに化け物と戦う態度じゃない。そう、まるで食事でも行くかのような軽快さである。
そしてよく見れば、レオンもクラウス兄ちゃんもポケットからよくわからない黒い液体を覗かせている。
山に果物を取りに行こうと行った時の兄ちゃんとレオンも確かこんな感じだったと思う。
あのときは確か、背中に大きなかごを背負っていたくせにナイフ一本も持ってなかったんだっけ。
なつかしさにふけっていると兄ちゃんとレオンから驚くべき言葉が漏れる。
「カディスはイカ好きだぞ? 捕って食わせてやれよ」
「惚れた相手には自分が捕った獲物を渡すのが一番効果的だって、裏のじいちゃんが言ってた」
「ええ!?」
惚れた相手って何それ。
私がカディスに惚れているとでも言いたいの?
確かにカディスに見つめられるクラウス兄ちゃんに嫉妬したり、カディスの周りを囲んでいるのだろう貴族のお嬢様達を想像して苛ついたりしてたけど……。
これってもしかして、私がカディスに惚れているから、なの?
レオンはいつだって、レニィちゃんと離れたくない、他の男に取られたくないと声を大にして宣言している。
そしてレニィちゃんの姿なら一日中見ていたい、とも。
その気持ちと、今の私の気持ちには重なるところがある。
あれ? もしかしてこれが恋なの?
私が気づいていなかっただけ?
いきなり導き出された答えに私の頭はこんがらがってしまう。
だってまさか私がカディスを好きだなんて……考えてみなかったのだ。
「だからさっさと行くぞ~」
「姉ちゃん、銛突きは得意だろ? 今、いいとこ見せなきゃ婚期逃すぞ?」
「は? ちょっと待ってよ!」
状況も理解できぬまま、カンナさんの手から手を外されてしまった私は、彼女達とは正反対の漁港へと強制的に運ばれてしまう。
まるで荷物のように運ばれていく私は逃げていく人達から不思議な物を見るような目で見られている。
これを運んでいるのが、勇者とその仲間でさえなければ人攫いだ! と善良な市民の誰かしらが兵士を呼んできてくれることだろう。
だが残念ながらその兵士も、まるい目でこちらを見つめるだけで助けてはくれない。だから私が声を上げるしかないのだ。
「私、化け物なんかと戦えないわよ!?」
「化け物なんかと戦わないさ。俺たちはただ狩りをするだけだ」
足を止めた兄ちゃんがようやく私を地面へとおろしてくれる。
「ほら、見て見ろ。化け物なんてどこにもいないだろう?」
身体を回転させられて、私の目に飛び込んできたのは青い海と、船ほどの大きさのイカであった。




