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22.

 カディスは兄ちゃん達、勇者一行を追うように城へと向かってしまった。

 元々カディスが呼ばれていた凱旋パーティーは今晩である。時間はまだ早いが、呼ばれているカディスが向かうのは別に変な話ではない。


 行きがけに私にこの槍を渡したのはもうしばらく会えないだろうから、それ持ってさっさと田舎に帰れというカディスの意志表示なのだろうか。

 それをくみ取って、さっさと荷物をまとめて村に帰るべきだろう。


 だが私は、まだ馬車がでていないから、お礼を言えなかったからと何かと理由をつけて、図々しくも居座らせてもらっている。


 本当は何をしたいのか自分でもわからないくせに、何日も何日も、カディスの帰りを待ち続けている。


 今日で勇者一行が帰ってきてから、そしてカディスが城に向かってから一週間だ。


 今日もカディスは貴族様達に囲まれているのだろうか。

 綺麗なドレスを身にまとって、彼に話しかける貴族のご令嬢を想像してなぜか無性に胸の奥がムカムカする。

 別にカディスが誰と話そうが彼の自由なのに……。

 きっと派手なドレスに違いないだとか、きっとカディスの好みじゃないだなんて嫌なことばかりグルグルと考えてしまう。



 こんな自分、私だって好きじゃない。

 だから余計に自分にイライラしてしまうのだ。



「ミッシュさん、ごめんね」

 私の機嫌が悪いことが伝わってしまったのか、カウンターで隣に並ぶカンナさんが頭を下げて謝ってくる。けれど彼女はなにも悪くないのだ。


「何でカンナさんが謝るの。謝るのは私の方よ」

「ううん、私が悪いの。もっと言えば親方が悪い」

「え?」

「始めてすらいないくせに勝手に終わらせて、さ。親方はバカだよ……」


 何のことだかわからない私を置いて、カンナさんは何度も「バーカ、バーカ」と空に向かって、そしてこの場にはいないカディスに向かって吐き捨てる。

 そして頬をぷくりと膨らませて「バカ親方、早く帰ってきなさいよ」とこぼす。

 寂しさ、とは少し違う何かが彼女を困らせているのだろう。そしてその一端を私が握っている。

 だからやっぱり謝るのは私の方だ。


「ごめんね、カンナさん。迷惑かけて」

「迷惑なんてそんな!」


 私をフォローしようと、カンナさんは声を張り上げる。けれどそれは来客のベルとその音を奏でた男によって打ち消された。


「カンナちゃん、大変だ!」

 男は膝に手をついて、忙しなく呼吸を繰り返す。

 何かあったのだろうか?

 ただ事ではあるまい、とカンナはカウンターから出て男へと近寄った。


「どうしたの、おじさん」

「クラーケンが襲ってきた!」

「なんですって!?」

 驚いたように目を見開いたカンナさんの顔からは徐々に血の気が引いていく。


「今、兵士が漁港で足止めして、勇者様を呼びに言ってる」

「そんな……」

「じゃあ俺は他の人達に伝えに行くから」

「ありがとう、おじさん」

 再びカランカランと音を立てて、男は扉を越えていく。

 それを確認したカンナさんは工房に向かって声を張り上げる。


「クラネット、逃げるわよ!」

「え、何で?」

 カンナさんの声に驚いて出て来たらしいクラネットの手の中には、金槌が握られたままだ。


「クラーケンが漁港まで来たって」

「なんだって!? 早く逃げないと……」

 その言葉を聞いたクラネットはカンナさんと同じように顔を真っ白に染める。

 カンナさんとクラネットが逃げなければと焦っている。けれど二人ともが何を持って逃げるか迷っているようで、どうしようと同じ場所をクルクルと回っている。逃げなきゃ……としきりに呟く二人に、私は思わず聞いてしまう。


「ねぇ、クラーケンってなんなの?」

 この状況で、私だけが落ち着いているのは『クラーケン』が何かを知らないからである。


「クラーケンはイカの化け物だよ」

「イカってあの、グラタンに入ってたやつ?」

 イカと聞いて真っ先に思い出すのは、以前夕食に並んだシーフードグラタンである。弾力があって、美味しかったなぁ。

 あれが襲ってくるのかと首を傾げる。するとカンナとクラネットはぴたりと足を止める。


「そう……そう、ね。あれの大きいやつ」

「なるほど……」

 それは一体どれくらいのシーフードグラタンができるくらいの大きさなのだろう?

 市場に売っていたのは魚介類としては小さめだったが、クラーケンというのは化け物と呼ばれるほどに大きいらしい。

 想像してみると恐怖よりも食欲が湧きあがっていく。


「グラタンの中身って考えるとあんまり怖くなくなるわね……。クラネット、貴重品をまとめてちょうだい。私は戸締まりしてくる」

「分かった」

「ミッシュさんも大事なものだけ持って。近くの山の麓まで逃げるから」

「分かったわ」

 カンナさんとクラネットは今まであわてていたのが嘘かのように、手際よく自分のやるべきことをこなしていく。

 ならば私もお腹空かせている場合ではなく、急いで大事なものを取ってこなければ。


 階段を駆け上がって手に取ったのは、立てかけておいた槍だ。

 カディスからもらった、私の槍。


 私の、一番大切な物である。


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