19.
「どうかしたのか?」
「え?」
「さっきから唸ってばっかりじゃないか」
うんうんと唸っていた私を心配してくれたらしいカディスが、ドアの隙間から少しだけ顔を覗かせていた。どうやらドアが少し開いていたらしい。
イスから腰をあげて、ドアを引いてカディスを中に入れる。
「ああ、母ちゃんがちょっと……ね」
「身体が悪いのか!?」
私の言い方が悪かったせいか、カディスは目を丸く見開いて私の肩をがっしりとつかむ。
「馬車なら知り合いのを出させるから、お前は村に……」
「違う、違うの! 母ちゃんは身体が悪いんじゃなくて、なんというか……面倒くさい人なの」
「は?」
とりあえず落ち着けるためにそう言い切れば、カディスは意味が分からないとほうけたように口を開けてポカンとしてしまった。だがまぁ、とにかく落ち着いたことには変わりない。心配をかけてしまったからには、正直に話すかと決意する。
「私がクラウス兄ちゃんと婚約解消をした、って話はしたじゃない?」
「ああ。勇者になるからって理由だったよな」
「そう。だから私、今婚約者がいない状態なんだけど、そんな状況で王都にもう長いこといるじゃない? だから母ちゃんがいい人が出来たんじゃないかって思っているみたいなのよ。あくまで手紙に書かれていただけだし、まだ冗談だとは思うんだけど……。早々に否定しないと本気でそう思いこんじゃうんじゃないかって心配で心配で……」
「それは……………………悪い。俺の責任だな」
「別にカディスは悪くないの。他の仕事を優先してって言ったのは私だし、冒険者さん達も喜んでくれているし。ただ彼らの魔物を退治したいって気持ちと同じくらいに、私は母ちゃんが王都に来るのを阻止したいの」
「は?」
「私は一人身でも全く構わないのだけど、母ちゃんのことだから何がなんでも私を誰かに押しつけようとするはずよ!」
こんなことを男のカディスに打ち明けるのはどうかとも思う。
だがどうせ私が女としての魅力がないことなんて、カディスにとっては今さらだろう。もう包み隠そうなんて気持ちはない。
「誰か、か……。それは……」
「不憫でしょ? だから阻止するの。とりあえず手紙でそれとなく父ちゃんに援護を要請しておくわ。帰る時にお土産をいっぱい買っていくって約束すれば、手伝ってくれるだろうから」
再びペンをとって笑いかければ、カディスは何かを考え込むように部屋を後にした。
おやすみの一言も言わないその姿を絶対に巻き込むわけにはいかないと、拳を握りしめた。
その夜から、カディスは夜になると必ず私の武器を再び打つようになった。もちろん他はずっと、お店に並べる武器を作ってくれている。
勇者一行が魔王城にたどり着いたとかで、そろそろこの戦いにも終止符が打たれるともっぱらの噂だ。最近では魔物の動きも以前ほど活発ではないらしく、補充する武器も少なくて済むようになってきた。だからカディスが身体を壊すこともないだろうし、ただ手が空いたからこっちに取りかかっているだけかもしれない。
だから私が口を出すようなことではないのだろう。
そう、分かってはいる。分かってはいても、苦しげに金槌を振り下ろす姿を見ているのはつらいのだ。
「ねぇ、カディス」
「ミッシュか……悪いな、今日も出来がよくなくて……」
「父ちゃんが説得してくれているから、急がなくても大丈夫よ?」
「それでもあんたを長く引き留めておくわけにはいかねえよ。出来るだけ早く、あんたには完成した武器を渡せるように努力する」
「カディス……」
それだけ伝えるとカディスは再び私に背を向けて、工房で金槌を振るい始める。
まるで早く村に帰れと言われたようだ。
きっと私を気遣っていってくれた言葉だろうに、拒絶されたようで胸のあたりがジクジクと痛んだ。
一ヶ月前は私から出て行くって言ったのに、ね。
今ではその武器が完成しなくてもいいなんて考えてしまっている。
カディスを苦しめる物なんて……って。
そう思う一方で、私はカディスの打った武器が欲しいと強く願っている――我ながらなんとも勝手なのだろう。
空へと手を伸ばし、つかんだ手には今はまだ何もない。
この手で何を掴めるのかすら、私は分からずにいる。




