16.
「もしかしてお前、他のところで武器作ってもらおうってんじゃねぇだろうな?」
意味がわからないんだけど?
カディスの腕は一流である。それは武器を見れば一目瞭然だ。その上、勇者一行の武器まで頼まれたほどなのだから国でも一、二の実力を有しているのは間違いない。
そんな人が私のためにわざわざ武器を作ってくれるというのだ。この機会を逃すほど私はバカではない。
バカならとっくに、適当な店で適当な短剣を買って村に帰っている。
そもそも槍なんて、今まで使ったことのない武器のために一ヶ月も待つわけがない。
これで使いこなせませんでした……なんてことになったら目も当てられない。それでも待つのはちゃんとした理由があるからだ。
もしかして私、御飯のためにずっとここに残っていたとでも思われていたのだろうか。
人よりもいっぱい御飯食べるし、後でまとめて払うつもりではあったけど、御飯代まだ払ってないし……。
食い意地は張っていると、若干は自覚している。だからそう思われても、仕方がないのかもしれない。
それでも、決してカディスではない誰かに武器を作ってもらおうなんて思っているだなんて思われるのは心外だ!
「どうしてそうなるの!?」
カディスの身体と向き合って、そうではないのだと主張する。
けれどカディスは私の気持ちなどわかってくれないようで、距離を一層詰めてくる。
「ならどうしていきなり出て行くなんて話になるんだ!」
「だって私がいたら邪魔じゃない!」
「邪魔ってそんなことは……」
「昨日お店に来ていたお客さん、残念そうに帰って行ったわ」
「それは……」
「私、あなたが作ってくれる武器のためなら、どんなに期間がかかっても構わないと思っているわ。だからいつまでだって待つ。それこそクラウス兄ちゃんやレオンが魔王を倒して帰ってくるまで待ってくれって言われたって」
もしも今、クラウス兄ちゃんやレオンが帰って来たとしても、一緒に村に帰ろうとは思えない。私は遅れてから帰るから、母ちゃんと父ちゃんによろしくって言って終わりよ。
今の私にとってカディスが打ってくれる武器は、独り身を生き抜く相棒というだけではないのだ。
この一カ月で私の意識は大きく変わった。そして、この場所に居続ける理由も。
初めは武器だけが理由だった。
作り終えればすぐにお暇するつもりだったし。
けれど最近は違う。
私の中では日に日に、カディスが私のために武器を打つその姿を見るため、という理由が大きくなっている。
その背中に、目に、手に……一瞬でも長く見とれていたい――と。
そして出来ることなら、これからだってそうしたいって思っている。
「ミッシュ……」
「それだけ私は惚れているの」
「なっ……。そ、それは……」
カディスの顔は一気に紅潮する。
まるで蕾から顔を開いた花のように顔中真っ赤だ。
恥ずかしいことを言っているという自覚はある。
けれど今この瞬間、カディスに伝えなければいけないのだ。
「あなたの作る武器はどれもいいものだもの。何日も店に通う人の気持ちがよくわかるわ」
だから決断するのに時間がかかってしまった。
けれどこれ以上、人に迷惑をかけるわけにはいかない。
どうせ村に帰ったところで結婚する相手もおらず、これから一生かけておひとり様生活を満喫するのだ。
今ここで多少時間がかかってしまったって構わない。
いつか村に帰った時、カディスに作ってもらった武器を振るいながら、彼のことを思い出せればいい。
王都に来るのも、一流の鍛冶師の仕事を間近で見られるのもきっとこれが最初で最後。こんなに印象の強い思い出は、私の頭にずっと残り続けてくれることだろう。
私のために、あんなに真剣に作ってくれたんだ――って。
「武器、の方な……」
「他に何かある?」
「いや、別に……」
私の手からようやく手を離してくれたカディスは、どこか悲しそうな表情を浮かべている。
今更武器を褒められたところで嬉しくないということだろうか。
確かに私みたいな素人に褒められても……ってことなのかもしれないが、それにしたってこんな告白をするのには勇気が必要だったのだ。思わずむうっと頬を膨らして、カディスの方を見る。
するとカディスは俯きながら頭をボリボリとかくと、床に向かってボソリと言葉を漏らした。
「……ったら………………んだな」
「え? なに?」
あまりの小ささに思わず聞き直してしまう。
するとカディスは一度熱が引いたはずの顔を再び赤く染めて、今度は聞き逃させまいと大きな声を私に投げつけた。
「他の仕事もちゃんとやったら、あんたはここにいてくれるんだな?」
なぜカディスの中で、私が『いてくれるかどうか』問題が発生しているのだろう。
私、ここにいても何の役にも立っていないと思うんだけど……。
カディスの謎の勢いに押されて「え、ええ……」と答える。すると途端にカディスの機嫌は急上昇する。
「よし、もう言質取ったからな!」
その言葉の意味が分からぬままだが、カディスに水を指すわけにもいかない。
役立たずの私は、店から連れてこられたユーロが不思議そうな目でこちらを見つめてくるのを、ただただ曖昧に笑ってやり過ごすしかなかった。




