表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/32

2.

 兄ちゃん達が村を出発して3週間後――国中にとある王国新聞が撒かれた。


 その新聞で私達は初めて、クラウス兄ちゃんが勇者様に選ばれたことを知った。ついでにレオンは剣士として勇者御一行の一員として選ばれたことも。


 婚約者である酒場の看板娘のレニィちゃんにしばらく会えなくなることが確定してしまったレオンはともかく、うちの村から勇者様が出たことはとってもおめでたいことである。


 新聞で知らせを受けた時、私達の村は各家から酒や食べ物を持ち寄って宴会を開くほどに盛り上がった。

 そんな中で兄ちゃんちのおじさんとおばさんだけ、私との結婚がなくなってしまうことを申し訳なさそうに顔を暗くしていた。

 

 だが私の結婚がなくなったなんてそんなちっぽけなことよりも、兄ちゃんが勇者様に選ばれて、魔王討伐後には姫様と結婚するというビックな知らせの方が重要だ!

 

「ほらほら両親のお前らが祝わんでどうすんだ?」

 すっかり酒に酔った父ちゃんはおじさんの肩に腕を回して、飲め飲めとコップに酒を注ぐ。

 そして母ちゃんはおばさんに食べなさいとお肉を皿に乗せて……って。

 

「母ちゃん、私もそれ食べたい!」

「はいよ。ほら、あんたの分」

「やったー! お祭りの時以外にこんな大きなお肉が食べられるなんて、兄ちゃんに感謝だね!! ここにはいないけど!」

「ミッシュちゃん、それは元々あなた達の結婚式用に用意していたお肉だから」

「ああ、なるほど! ということは遠慮しなくていいのね!」

 

 そういえば予定だと結婚式は明日だったはずだ。


 通りで酒も食べ物もものすごい量が出てくると思った!


 兄ちゃんが勇者に選ばれたってことは、私達の式がなくなったってことで、つまりこの食事は今日中に食べ切っていいということになる。

 

「ならあっちからももらってくるわ!!」

「いってらっしゃい」

 

 暗い顔をするおじさんたちと『大人同士の話』をする父ちゃんたちを置いて、私は大量のご馳走で遠慮なくお腹を満たしていった。

 いつも張り合うクラウス兄ちゃんが居なくとも、私の食欲は止まることを知らなかったのだ。


 それを見た近所のおじさんたちが「あれは結婚がなくなったことへのやけ食いか?」「いや、多分クラウスが逆玉に乗ったことへの僻みだと思う」だの散々言っていたのは気にしない。気にしたら負けだ。

 

 そんなことより今は目の前のお肉だ! お肉!


 手が止まっているおじさんズの近くの皿からここぞとばかりにお肉のみを回収して、おじさん達には体に良い香草を残しておく。


 あれ、苦いから嫌いなのよね……。

 でもほら、お酒たくさん飲んでるおじさん達の身体を思いやれば残してあげた方がいいし!!

 なんだ、一石二鳥じゃない! なら遠慮なく……!

 

「うっま!!」

 ひたすら皿とフォークを手に飛び回り、すっかり宴を楽しんだ私にはいつのまにか「婚約破棄くらいでへこむたまじゃない」というレッテルが貼られていた。


 理由も理由だし、一ミリたりともへこんでないけどさ。

 でもなんか年頃の娘としてどうなんだろう? みたいな哀れみをほんのちょっぴり含んだ目で見てくるのはやめてほしい。


 私だってうら若き乙女なのだ。

 まぁそのおかげで兄ちゃんちのおじさん達が、私達の婚約破棄に対する責任感を薄めてくれたのは嬉しいけどさ。


 傷ついた私はそれから存分におじさん達に甘え、もとい色々な物をプレゼントしてもらった。


 干し肉に果物、砂糖菓子までもらっちゃって、私ってなんて幸せ者なんだろう!

 元々これは結婚祝いだったらしいから、兄ちゃんが帰って来たら何か分けてあげなくちゃよね……。その頃には何も残ってないから、改めて用意しなきゃだけど。


 そもそもお姫様と結婚する兄ちゃんに何をあげるのがいいんだろう?

 何でも手に入れられそうだけど、好みってそう簡単に変わるものじゃないし……。


 そんなことを考えていたら、なぜかクラウス兄ちゃんからお呼び出しをくらった。わざわざお城から使いまで出してもらって……。


 私は兄ちゃんの待つお城へと足を運ぶこととなった。

 そしてつい先ほど、お城の一室に通された私は久々にクラウス兄ちゃんとレオンと対面した。




 兄ちゃんの見慣れた銀色の狼みたいなもっさりとした髪は、今やすっかり後ろに撫でつけるように纏められて、まるで別人のよう……。

 だが人を村から呼び寄せといて、自分は一足先にクッキーを食べているところ、そしてそれを何とかして隠そうとする辺り……中身は変わってない。

 そしてレオンの方はと言えば、自慢の燃え盛る炎のような真っ赤な髪は相変わらずだ。

 まぁ、兄ちゃんみたいに切って整えていたりしたら、頭でも打ったんじゃないかって驚くところだが。

 なにせその髪を切っているのはレニィちゃんなのだから。

 レニィちゃんと母ちゃん以外にレオンが髪を切らせるわけがない。父ちゃんが短剣で切ろうとして失敗して以来、この2人以外には絶対に切らせないのだ。


 まぁ、2人とも変わりなくて良かった。

 久しぶりの顔を眺めてからソファに腰かける。するとクラウス兄ちゃんとレオンが口々にこの3週間の間にあったことを教えてくれた。



 2人の話の主な内容は、2週間に渡って行われた勇者を選ぶための検査である。

 検査内容は『体力測定』『宝探し』『バトルマッチ』『剣抜き』だったらしい。

 

 兄ちゃんの言う『剣抜き』っていうのは、勇者の剣を台座から引き抜くこと。

 兄ちゃんが長ったらしく話していたことを簡単にまとめると、それよりも前の検査結果がどんなに散々だろうとこれさえ抜いてしまえば勇者に選ばれるのだという。

 だからどっちかと言えば前の3つは勇者と旅に出る仲間の選定らしい。

 そしてその結果レオンを含めた4人が勇者御一行のメンバーとして選ばれた、と。


 剣を引き抜いた勇者ならともかく、他の3つで目立たなければ今頃レオンの方は村にいただろうに……。


 大方なんかムカつくことがあったとか、レニィちゃんに会えないストレスが溜まっていたとかで全力を出しちゃったとか、そんなところだろう。

 レオンって普段はヤル気なんてないくせに、何かあるとクラウス兄ちゃんの足元には及ばないまでも、そこそこの力を発揮するから……。

 だからその癖、早くどうにかしないとって前々から言ってたのに……。



 ドンマイ、レオン!

 自業自得だ。



 レニィちゃんへの王都土産は、優しい姉ちゃんが代わりに渡しておいてやろう。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=260250033&s
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ