11.
「お待たせしました」
「待っていたよ、カンナさん!」
カンナさんが入っていったのはお城よりは規模が小さいものの、他の店とは一線を画した広さを誇る店だった。
入る直前にチラリと目に入った、紫がベースの看板には大きく『占い館』と青い文字で書かれていた。先ほどの話からだいたい予想は付いていたが、カンナは『占い師』であるらしい。
私の村にも占いをする人はいるし、占い師を職業とする人もさほど珍しいものではない。だが私の知っている占い師は皆、人生経験を私の三倍、四倍はゆうに積んでいらっしゃるだろう方が多い。
村のおばあちゃん曰く、占いの技術も必要だけど、重要なのは自分の人生経験を元にしたアドバイスらしい。あくまでおばあちゃん個人の見解だとは思うんだけど、今まで見てきた方の年齢層から考えるとついつい納得してしまっていた。それと同じ要領で、私の好みをすぐに把握してくれたのだろう。だけどカンナさんは私よりも若く見える。
そりゃあ閉鎖的な田舎の村と王都では積んできた経験が違うと言われてしまうかもしれないが、それにしたってまだまだこれからであることには間違いないはずだ。
――となれば、もしかしてカンナさんって占いの技術がものすごく高いとか!?
ついついカンナさんとアバターラさん? の方をじいっと見てしまう。けれど見られることに慣れているのか、二人はこちらを全く気にする気配はない。
リリーさんは初め、どこかへと移動しようとしていた。けれど私が興味津々とばかりに見ているからだろうか、座る為のイスを用意してきてくれた。
「ありがとう」と短くお礼を告げてから、腰を降ろしてカンナさん達に再び注目する。
そういえば村のおばあちゃんが使っていたような動物の骨も釜戸も目に付く場所にはないけれど、カンナさんはどうやって占いをするのかしら?
占い師とは何人か会ったことがあったものの、実際にしてもらったのはたったの一回である。
あのときは確か、兄ちゃんと一緒に占ってもらったら二人そろって『人生上手く行く』だったのよね。あのときはまさか婚約解消するなんて思っても見なかったけど、なんだかんだで上手く行っているような気がする。
まだまだ人生は先が長いから、これから何かあるのかもしれない。けどこういうのって気の持ちようも大事だって聞くし……。
もしカンナさんがいいと言ってくれたら、私もお客さんとして占ってもらおうかな?
クラウス兄ちゃんが隣にいない未来ってどうなるのか、全然予想が付かないのよね。だってずっと一緒だったのだ。そしていつも思い描く未来には兄ちゃんが隣にいた……。私、兄ちゃん離れできるかしら? ちょっと心配になって来たわ……。
そう考え事をしていると、カンナさんは奥から布のかかった球体を持ってきた。そして彼女が球体の上に手を置いたのを確認すると、目の前の男は関を切ったかのように一気に質問を投げつける。
『仕入れの数は』
『多く仕入れた方がいい物は』
『通るルートは』
正直、彼が聞くものは近くで聞いていても商人ならば自分で決めればいいんじゃないか?と思ってしまうような質問ばかり。
そんなものにカンナさんは淡々と答えていく。
『在庫は多めに抱えていった方がいい』
『孤立しつつある村もあるだろうから、常備薬や保存食を多めに。後は武器も少しは仕入れた方がいいかと』
『ルートはいつもと逆方向からがいいですね』
それだけ聞くと、アバターラさんは「ありがとう!」と告げてすぐに立ち去ってしまった。時間にするとわずか数分である。私達がクレープを食べていた時間の方がよほど長い。これだけのために朝からずっと待っていたのだと言うから驚きである。だがそれ以上に、驚くのは彼の跡に残ったたんまりと膨らんだ布袋である。
私が馬車代と渡されたものと同じか、それ以上の膨らみである。つまり今の数分は彼にとってそれだけの価値があったものなのだ。
それって商人としてどうなんだろうと思わなくもないが、それで物が上手く流れるのならいいのだろう。
その道順を作ったのがこんなに幼い少女とは誰も思うまい。
「お待たせしました」とやってくるカンナさんを見上げ、先ほどよりもまぶしく見えるその顔に感想を告げてみる。
「カンナさんってすごいのね」
けれど返ってきたのは全く予想していなかった言葉だった。
「占いの腕はまだまだですけどね。さっきのは全部『情報』を売っただけですから」
「え?」
「ミッシュさんも知っての通り、親父とクラネットは武器屋、ユーロは喫茶店、そして私はこれでもたまに冒険者としても働いているのでこの手の情報には強いんですよ。今のも私がこの前ギルドと仕事先の村で聞いた話です。占いも最近少しは上達したんですけど、こういう話は当たってくれないと困る人が多く出ちゃうので」
確かに占いでないことには驚いたけど、それもそれですごいと思うんだけど……。なんでこの子謙遜してるの!?
私なんて生まれてこの方、誰かの役に立てたことなんて片手で数えられるほどしかないわよ!?
それもほとんど味見役!
料理はできないけど、舌には自信があるからもういくらでも頼って! って胸を張っているのに……。
レオンには少し呆れられているけど、それでも一つでも自信のあることがあるっていいことだと思う。だってそうしたら私が好きになれるんだもの。
人生において確実に一番長くつき合う相手を好きになれなかったら、一生つまらないままじゃない!
人生はたった一回しかないのにそんな無駄なことはしたくない。
「それで救われる人がいるんだからやっぱりすごいじゃない!」
だからカンナさんはもっと自分に自信を持てばいいと思う。
「……そう、ですかね」
服を選んでくれた彼女からは想像できないほどにその声は弱々しい。その理由を、たかだか知り合って二日目の私が知ることはない。だけど私は無責任に背中を押すことにする。
「そうよ!」
「……ミッシュさん、実は私、一週間ほど前にとあることを占ったんです」
「? へぇ、どんなこと?」
「私が今、一番かなえたいことが叶うかどうか、です。それがもし当たったら……自分に自信を持とうかなって」
「叶うといいわね」
「ええ、本当に……」
俯いたカンナさんの口角はほんの少しだけ上に上がっていた。
私にできることは彼女の夢が叶いますように、と願うことだけである。




