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10.

「ミッシュさん、ミッシュさん。これなんてどうかしら?」


 口を閉ざしてその場で立ち止まる私の代わりに、一足先に店の中に踏み込んでいたカンナさんがよく見えるように顔の高さまで服を持ち上げる。それは彼女の趣味とは異なるのだろう、深緑色のブラウスワンピースだった。


「いいわね!!」

 今日見てきた中で一番私の理想に近いそのワンピースに手を伸ばすと、生地が柔らかくて着心地が良さそうだった。ポケットがついているのも確認済みだ。後はお値段だが……こちらはなかなかにリーズナブルである。


 素晴らしい!


 目を輝かせている私にカンナさんは「これちょっと持っててくださいね」と言ってから奥へ入る。そして次々と似た系統の服を持ってくる。今までの件はなんだったのかと思うほど、私の好みにぴったりなものばかり。

 そして何よりどれもお財布に優しいという特典付きだ。


「これ全部買うわ!」

「親方が選びそうなのを持ってきたんですけど……好みにあってよかったです」

「そうなの?」


 カディスの趣味って意外といいのね。

 別に悪いとは思っていなかったが、女性? の服を選ぶセンスがあるとは想像していなかったのだ。

 思えば店に並んでいた武器はどれもシンプルながらに、その武器の個性のようなものが出されているデザインだった。服と武器ってジャンルは全く違うけれど、何か通じるものがあるのだろう。


 そうなると作ってもらえる武器も私らしいものができるんじゃないかしら?


 本当は父ちゃんのお使いだったけど、そこはほら、譲ってもらうしかないわよね。父ちゃんなら譲ってくれるし。そもそも自分の武器くらい自分で手に入れなくっちゃよ!


 私はカディスが作った武器がどんなものであれ、一生の相棒にする予定だ。


 それに腕に下げた何着もの服だって、王都で暮らす間の普段着で終わらせてしまうにはもったいない。さすが王都。田舎で手に入る服とはレベルが違う。


 お財布が潤っている今ならこの倍の値段でも喜んで払うくらいなんだけど、デザインをシンプルにすることで値段を下げているのだろう。

 シンプルなデザインが好きな私にはありがたい限りである。それにレニィちゃんほどお裁縫が上手ならこの服をベースにして刺繍を施したり、フリルやレースを付けたりといくらでもカスタマイズできるだろう。となればレニィちゃんのお土産用に何着か見繕うことにしよう。


「後ね、できれば知り合いの子用にこれと似たデザインで、少し明るめの色のものが欲しいんだけど、探すの手伝ってくれるかしら?」

「ええ、もちろんです。どんな方なんですか?」

「明るくてハキハキとお話しする、かわいらしい子よ!」


「了解です。任せてください」と拳を握りしめたカンナさんが持ってきた服はやはりどれも的確で、私の出番なんてものは存在しなかった。



 その後、他の店で生活雑貨を買い求めた。

 初めの服選びで私の好みはすっかり把握したらしいカンナさんが選ぶのは、やはりどれも私好みのもの。

 私の買い物なのに頼りっきりで悪いなぁと思うのだが、カンナさん曰く、カディスが選びそうなものを持ってくればよかったらしい。


 一つだけ予想外だったのは、彼女がリボンをいくつか持ってきてくれたことだ。

 これはちょうどいいと、髪を切りたいことを打ち明けると「せっかく綺麗な髪なんだから勿体ないです!」と力強く却下されてしまった。そしてリボンはカンナさんから3本ほどプレゼントされた。これでは結べるように努力しなければならない。だが不思議と嫌な気はしない。結婚式のためにという理由だけで伸ばしていた髪だけど、こうして褒めてもらえると嬉しいものなのだ。



 一通り買い物を終え、カンナさんが屋台で買ってきてくれた『クレープ』なるものを頬張っていた。ふんわりとした甘みがたまらないと頬を押さえる。


「ああ! カンナさん、見つけましたよ!」


 するととある少女はカンナさんに飛びかかるように汗の伝った顔をグッと寄せてきた。私はいきなりのことに驚いて、あやうくクレープを落としかける。けれどカンナさんはそれが慣れっこのようで、頬についたクリームを指ですくってぺろりとなめる。そして満足げに「ああ美味しかった」と口にしてからようやく目の前の少女に視線をあげる。


「リリーじゃない。どうかしたの?」

「どうしたもこうしたもありませんよ! アバターラ商会のアバターラさんがカンナさんを出せって朝からずっと待ってるんです! カディスさんに聞いても買い物に行ったしか言わないし、カンナさんが行きそうなお店探しても来てないっていうし!」


 あまりにものんびりとしたその様子に、リリーと呼ばれた少女は一層声を大きくする。少女の髪が少し湿っているところから考えると、朝からずっと探し回っていたに違いない。

 そのアバターラっていう人がよほどしつこいのだろう。なにせ今はもう昼を少し過ぎた頃である。ゆうに数刻は探していたのだろう。それほどまでとは……。私なら一刻も探して見つからなかったら諦めるわ。


「私、今日は元々お休みだったけど?」

 探されていたカンナさんも私と同じように、なぜ彼女がこんなに必死になって探し回っているのかがわからないといった様子で首を傾げる。

 するとリリーさんは見つけたからには逃がすものか、とばかりにカンナさんの肩をガッシリと掴んだ。


「それはあたしもアバターラさんも承知の上ですけど、なんでも今日中に仕入れを行いたいらしくて、いつもの3倍の金額出すから占ってくれって! ちなみにあたしはもう捜索料もらってるからなんとしても来てもらいますよ!」

「3倍!? 行くわ! 今すぐ行くわ!」


 3倍という言葉に目をランランと輝かせたカンナさんは私の荷物を左腕に抱え、右手で私の手をぎゅっと握る。


「すみません、ミッシュさん。少しつき合ってください。終わったらお昼、美味しいのをご馳走しますので」

「あ、うん」

「そちらのお荷物はあたしがお持ちいたしますね!」

「あ、ありがとう」

「いえいえ」


 カンナさんとリリーさん、二人の少女の迫力に圧倒されながらコクンと頷く。そしてカンナさんに手を引かれながら、私は王都を歩くこととなった。

 早足で王都の町並みを切り抜ける私の頭にあったのは、カンナさんって何の仕事しているのだろうかという疑問と『美味しいもの』への期待だった。


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