8.
ぱっちりと目が覚めて、真っ先に向かうのはカディスの工房だ。
階段を下っている時からすでにカンカンと鉄を打つような音が耳に届いている。早起きには自信があったのだけど、どうやらカディスの朝は農家の娘よりも早いらしい。
「おはよう」
カディスが金槌をおいたタイミングで後ろから声をかけると、彼は驚いた顔で振り向いた。
「早いな、嬢ちゃん。まだ5時前だぞ? さすがのあいつらもまだしばらく起きてこないだろうし、朝メシだってまだだから寝ててもいいんだぞ?」
「農家の朝は早いのよ。それで、私にも何か出来ることってある? あいにく不器用で、料理関係は一切できないけれど」
「それ、普通自分で言うか?」
「こういうのは先に言っておかないと! 自慢じゃないけど、私の腕は家族や婚約者にも止められるほどよ」
だから期待はしないでちょうだいと、自慢できることでは全くないのに胸をはる。きっと呆れたような表情を浮かべているに違いない、と目の前のカディスの顔を見てみると、なぜか彼は固まってしまっていた。
「カディス? どうしたのよ」
まさかこの世の中に料理のできない女が存在するとは思わずに衝撃を受けた、とか?
だがこの世の中に何人いるかはわからないが、それはもう様々な女性がいるのだ。誰一人として同じ女性などいるわけがない。
例えば私はレニィちゃんのようにお料理は上手くないどころか、作ろうとすればみんなに止められるくらいだけど魚捕りには自身があるのだ。
小さめの魚だったらもう銛すらいらないわ! 素手で一発ズドンよ。
これだけは村のどの女性にも負けないわ。
いや、兄ちゃん以外にだったら村の男衆にだって負けてないんじゃないかしら。だがそれはあくまで村でのこと。私よりも魚捕りが上手い女性など探せばいくらでもいるだろう。
だけどお料理が下手かつ手先が不器だが魚捕りには自信がある女性、といえばなかなか絞られてくる。その上で最近円満に婚約解消をした、勇者になった幼なじみがいるとの情報まで付け加えれば、当てはまるのは私しかいない。
完全なるオンリーワンである。
それがいいことなのかは全くの別問題ではあるが、いいことばかりが個性ではない。欠点さえも全部抱え込んでこその私なのだ。
「お料理は出来ないけど、体力には自信があるの。だから荷物運びとか材料受け取りとかなら出来るわよ?」
さすがに泊めてもらって何もしないというのも、気分があまりよろしいものではない。
だがここは鍛冶屋だし、力仕事もあるだろうと踏んでいたのだが……固まったままのカディスを見ていると不安になってくる。
もしかして私ってただいるだけしかできないの?
それってさすがに結婚できるできない以前に、いろいろと問題あるんじゃない?
「あの鉄鉱石が入った木箱ぐらいだったら余裕で運べるし……」
あたりを見回して、目に付いたちょうどいい木箱を指さして少しでも私は使えるんだぞ!アピールをしてみる。
だがどうやらカディスが気にしていたのは、私が役立つかどうかではなかったらしい。
「その年で婚約者がいたのか……。嬢ちゃん、あんた昨日農民だって言ってなかったか?」
「農民よ? 田舎では結婚が早いの。それに婚約者って言っても『元』だし、相手は幼なじみのお兄ちゃんだもの」
「元、ってことはなんか問題が……って悪いな。そんなこと聞くもんじゃねえよな」
「別にかまわないわよ? 婚約を解消したのだって別に何か問題があったわけじゃないもの。ただ相手が勇者に選ばれたから解消しただけだし、仲だって悪くないわよ? むしろいい方じゃないかしら」
だって兄ちゃん、自分の結婚相手は決まっているのに私の相手まで気にしてくれるくらいだもの。仲いいっていうよりも心配されてるっていう感じではあるけれど、仲が悪いわけではないことだけは確かである。
それに仲が悪かったら、いくら年の近い相手が少ないからって結婚しようと思わないでしょう?
「勇者って、コンラット村のクラウスか? ということはあのレオンの姉か!」
「ええ。って二人を知ってるの?」
「ああ、勇者一行の武器と防具一式受け持ったのは俺だしな。それに……王都であの化け物を知らない奴はいない」
化け物と勇者って結構かけ離れてると思うんだけど、大方馬車を壊したことによってそんなあだ名がついたに違いない。
さすが高級馬車。
帰りに乗らなくて良かったわ!
だがここは幼なじみと弟の汚名を少しでも払拭する手伝いをしておこう。
「カディス。実は私もあの馬車乗ったけど、結構部品はすぐ取れそうだったわ」
「は? 馬車?」
「? 馬車を壊したから化け物なんでしょう?」
「ああ、そういえばそんな話も聞いたような……? だが俺が言っているのは力の方で、だな」
「力? ああ、クラウス兄ちゃんは昔から腕相撲とか強かったのよ? でもレオンの方はあんまりでしょ。あの子、結構ムラがあるし」
レオンが本気出すのって、レニィを口説こうとする酔っぱらい相手だけじゃない?
それも胸だのお尻だのを触ろうとするふとどき者限定で。
ああ、後は収穫祭の狩りの時もあるわね。
レニィちゃんにいいお肉食べさせてあげたいとかで。
まぁどっちにしろレニィちゃんが絡んでいる時に限定される。普段は私よりも弱いし、そんな化け物なんて名前で呼ばれるようなことはないはずだ。
「……なるほどな。よりによって魔境のコンラット村出身だっていうなら強いわけだ」
「魔境ってそんな。うちの村なんて冒険者がちらほら来るくらいの、ただの田舎よ」
だって魔境ってあれでしょ?
魔界と人間界の狭間にある村で、噂ではしょっちゅう魔物が出てくるのだとか。
なんでも過去、魔王が復活した際にその土地の人たちの活躍が認められて独立領になったとか。
そんな特別な場所がコンラット村なわけないじゃない。やあねとカディスの肩を軽くはたく。
すると彼は大きくため息を吐いたかと思えば、今度は両手で顔を覆い隠す。
「あーあ、俺の人生はどうなってるんだか」
「何? 田舎娘に武器を作るのが嫌になったの?」
「その逆だ。一生に三度もコンラット村の村人に武器が作れるなんて、俺の人生は神に祝福でもされてんじゃねえかと思ってな」
「? まぁうちの村ってみんなあんまり外に出たがらないから、貴重といえば貴重よね」
引きこもりってわけじゃないけれど、いちいち馬車に乗って移動するのって面倒だって思っている人が大半なのだ。実際、村から出る必要性もあんまり感じないし。
でもそんな、神様を出してくるほどではないと思う。
けれどそれを口に出してしまえば、目の前で喜んでいる男はきっと悲しむのだろうから。お口はチャックしておこうと思うのだ。




