3.
「意味がわからないんだけど……」
一体全体なにをどうしたら、鍛冶師の男に武器作ってもらう話になるのよ。
それも私からではなく、相手からである。ますます意味がわからない。
目の前の男への不信感はますます募っていく。
そしてほんの少しは隠そうと思っていたその気持ちも、いまや私の眉間に刻まれる皺という形で相手に伝わってしまう。
「怪しむな、って。俺の名前はカディス。鍛冶師のカディス=ガシラ、って聞けばわかってくれるか?」
「名乗られただけでなにを理解しろと!?」
数秒考えたところで私に浮かんだことって、確かカディスって名前さっき聞いたなぁ~くらいである。
それをフルネームで言われたところで本日二回目となるその名前は、昨日以前は知り得なかった名前である。
正真正銘知り合いでも何でもない。初対面である。
堂々と名前を名乗って誇らしげに胸を張っている辺り、有名人なのかもしれない。
だが残念なことにコンラット村まではその名前は届いていない。
ふん、田舎の村舐めるなよ!
むしろよくお城の使いの人がわざわざうちの村まで勇者候補探しにきたよな、ってクラウス兄ちゃんたちと感心したくらいなんだから!
知らないわよとカディスに向かって言葉のナイフを突き立てると、彼はあり得ないとばかりに目を見開く。
「知らないって……。じゃああんたはなんでこの店に入ってきたんだ? 他にも店あんだろ」
「たまたま武器を探しているところでこの店を見つけたのよ」
「つまりは偶然だと?」
「ええ」
「王都にある鍛冶屋はゆうに20を越えているのに、か。偶然目の前にこんないい人間が現れてくれるなんて……これは久々に教会に行かなきゃならねえな」
「は?」
もしや私、武器屋選びを間違えた?
せっかくいい武器を作るのに鍛冶師が変人だったとはなぁ……。
職人にはそれぞれのこだわりがあり、だからこそ変わった人は多いようだとは耳にしたことはある。
ここの職人もそうだと知っていたらさっさと武器を決めて、さっきの少年にお会計をすませてもらってさっさと店から出てしまったのに……。
思い返せば店に入った時に、武器を作る作らないで揉めていたっけ?
あまりにも相手の男から悪の下っ端D感漂っていたせいですっかり忘れていたわ。
そうそう、カディスって名前を聞いたのもその時だわ。
ん? ということはこのカディスって男はやっぱりなかなかの有名人なのね。
自称Aランク冒険者がわざわざ作ってくれって駄々をコネにくるわけだし。
そう思うと知らなかったとはいえ、私の今までの態度は相当失礼だったのでは?
だが、カディスがそれを気にする様子はない。
「クラネット!」
「何ですか、親方? 僕、今おやつ休憩中なんですけど……」
「この嬢ちゃんもてなすのに紅茶淹れてくれ」
「ええ? って、ああ! さっきのお姉さん。親方、まさかいつまでも結婚できないからってついにお客さんに……」
「バカいってんじゃねえ! 客になんざ手え出すわけねえだろ!」
いや、さっきものすごく手が出てたけど? 私の手とか腕とか触りまくってたけど?
え、もしかして私、お客さん認定されてないの?
でもその割にはおもてなししてくれるらしいし……。
カディスに怒鳴られながらも、クラネットと呼ばれた少年は奥からお茶とお菓子のセットを出してきてくれる。
「ちょっと待て、クラネット。なんで俺の方にはクッキーがないんだ?」
「面倒事を押しつけて、さっさと鍛冶場に隠れた親方の分なんてあるわけないじゃないですか。このお姉さんが撃退してくれなかったら大変だったんだから。あ、お姉さん。遠慮せずに食べて? 僕の弟が焼いたやつなんだけど、なかなか美味しいんだよ?」
「ありがたくいただくわ」
お城のお菓子に続いて、遠慮なく目の前のお皿に乗ったお菓子に手を伸ばす。
弟さんが焼いたって言ってたけど、お城で出された物と同じくらい美味しい。
これ、名前なんていうんだろう?
親指と人差し指をくっつけてできた円よりも小さいサイズのそれを口の中に放り込むと、周りの砂糖と一緒にホロホロと溶けていく。
始めに手に取った白いのとは色違いのものを口に入れれば、こちらはチョコレートの味がする。
これ、絶対父ちゃん好きなやつだわ!
お店で見つけたら買って帰らないと! と頭の中のお土産一覧にその見た目を刻んでおく。
お菓子買う前でよかったわ。
ほっぺたを押さえながらそのおいしさに浸っていると、カディスは目をまあるく開いて興味深いものを見るかのように私を凝視する。
きっとこのお菓子が欲しいに違いない。
お客さん? のお菓子を欲しがるなんて……と思わなくもないが、この美味しさだったら仕方ないわね!
美味しいものはみんなで食べた方が美味しい、というのが私の持論である。
「あなたも食べる?」
私のものではないけれど、と付け加えてからお皿を少しだけカディスの方へと動かす。
けれどカディスの目的はお菓子ではなかったようで「いや、遠慮しておく」と短く返すだけだった。
「あ、そうだ。親方、大事なことを言い忘れてました。素手です」
「素手だと!?」
「はい、素手です。このお姉さんが一発チョップしただけであの男は帰って行きました」
「成り立てで粋がってて、性格と戦闘方法に難があるとはいえ、仮にも王都のギルドでAランクに昇格した強者だぞ? あいつ、体調でも悪かったのか?」
「それはないです。仮にも冒険者。体調管理ぐらいは出来て当然ですし、少しでも不調があれば一人で出歩くはずがありませんよ」
「……嬢ちゃん、本当に農家の娘なんだよな?」
「そうだってさっきも言ったじゃない」
ただ女性にはやり返さないタイプだったとか、そんなことだと思うけど。
それにコンラット村の女は、昔から大体のことは村伝統のチョップでなんとかしてきた。四本の指をくっつけて、そして全ての指をピンと張る。そして後は全神経をその一発に込める……という何とも簡単ながらも奥の深い一発である。
田舎に来るような酔っぱらいはこれで大体眠りの世界にいってくれるけど、王都の男は違うのよね……。
武器だけではなく、チョップの腕前ももう少し磨くべきかしら?




