07 エピローグ 前編
ミスがありました。
シャルちゃんのひ孫ではなく、ハルさんのひ孫でした。
長い長い月日が流れた。
俺はとある山の山頂付近にある神殿に身を横たえて、眼下に広がる城塞都市を眺めていた。
都市はハルさん達と作ったころに比べて十倍以上にも膨れあがっており、開拓村のみんなと長い時間をかけて作り上げた町並みは、長い年月の中で建て替えや再整地が行われて面影さえも残っていなかった。
「アトさん、アトさーん! 来たよ―!」
ばっさばっさと大きな翼を羽ばたかせて、渡りハーピーの少女が舞い降りた。俺の肩に着地し、数回ぴょんぴょんと雀のように跳ねて首をかしげる。
「……なんだっけ?」
渡りハーピーとは、その名の通り渡り鳥と同じような生態を持つ生き物だ。
見た目もやはりその名の通り、人間の頭と胴に鳥の翼と足をくっつけた様な姿だ。少々鳥臭くはあるが、顔立ちは基本的に美形であり、男女ともに声が良く歌が上手い。
生き物としてはかなりのぽんこつで、会話が出来る程度の知能はあるが、三歩歩くと色々忘れる鳥頭の持ち主でもあるため、人類種には数えられていない。
寒くなったら南へ渡り、南が熱くなれば北へ戻る。渡りの本能が薄れたり、耐えられるだけの体力がない個体は旅の途中で脱落するため、基本的に多産である。
「そうだ! とんがり耳が来た!」
翼に生えた爪を使って毛繕いをしていた渡りハーピーが、両手を上げるように翼を広げて万歳した。
彼女らとのつきあいは、数十年前ぐらいからだ。渡りを忘れて冬を迎えた固体が、俺の排熱で暖を取り、幾ばくかの食料援助によって生き延びたことで、翌年からは体力のない固体なども加わって、その年によっても数が違うが、5羽から20羽程度がこの神殿に集まって冬ごもりをし、暖かくなるとまた何処かへ飛んでいって生活するようになった。
「知ってる。もうすぐここまで来るんだろ」
「そっか! アトさんすごーい!」
<エルフ他5人を、マルチパーパスプローブ、No.07が先導しています。到着予定時刻まで、およそ1時間。その後方に追跡者あり>
サンキュー、アイちゃん。
どうやら、久しぶりにハルさんやシャルちゃんとの約束を果たす時が来たようだ。ハルさんのひ孫ぐらいまでは覚えているんだが、今は何代目ぐらいだろうね? ここには千年単位で人が来てないからなぁ。
※
「あれが、伝説の大神殿なのですか……」
「はい、姫様。サラサディア王国初代女王陛下が、興国の騎士巨神の寝所として建立したそうですが、流石に荒れ果てていますね」
ゆるいウェーブの掛かった蜂蜜色の髪をツ-サイドアップにまとめた幼いエルフ少女の声に、護衛の女騎士であるダークエルフが答えた。浅黒い肌と白銀の髪、メリハリの利いた体を白い鎧に押し込めた、かなりの美女だった。
姫と呼ばれた少女はエルフが代々女王を務めるサラサディア王国の王家の血に連なる者であり、今回の人間族の襲撃から無事に都市の外へ逃れることが出来た唯一のエルフ族でもあった。
そんな二人を守るように、虎の獣人、猪頭人が前後を固め、斥候役の犬頭人と小鬼人 が先頭を進んでいる。
彼らが見上げるその先には、雪が降り積もって純白に染め上げられた岩肌を背景に、僅かに柱のようなものを残すのみとなった神殿の残滓と、玉座に腰を下ろし、大地に突き立てた剣に両手を置いた巨大な騎士の姿があった。
「あれさえ動けば、きっと……」
「はい、姫様。騎士巨神は、初代女王陛下より連綿と受け継がれてきた王国旗騎たる魔導巨神、アルキュオーネの元になったものと伝えられております。創世の神である始原の巨神に連なる、王権神授の象徴たるかの機体であれば、人間どもの駆るニセモノがどれだけ束になった所で―――――」
突然口をつぐんだ女騎士が、褐色の長い耳をぴくぴくと動かした。エルフ族の優れた聴覚が、自分たちを追いかける巨大な足音を捉えた。
「やべぇ。人間どものニセモノか?」
「そうだ。いそげ、登り切るぞ!」
女騎士が少女を抱えて走り出す。
オークと虎のワイルドは、視線を合わせると黙って頷いて、その場に立ち止まって武器を抜いて振り返った。
「いるんだろ? 出て来いや」
「あんなデカブツが、俺等の感知力の及ばない範囲から追跡し続けられるはずがない」
二人の声に応えるように、木陰から二つの影がゆらりと現れる。
奇妙な模様をもつ迷彩装束に身を包んだ人間族の密偵だ。
密偵達は一言たりとも言葉を漏らさずに、つやのない黒に塗られた短剣を引き抜いて身構えた。
「なるほどな。土と草をすり込んで臭いまでごまかしやがったか。人間にしてはやりそうじゃねぇか?」
「さっさと片付けて、ニセモノが来る前に皆を追うぞ」
オークと虎のワイルドは、雄叫びを上げて密偵に襲いかかった。
必死に走る女騎士の背後から響くニセモノの足音は、どんどん近づいていた。同僚二人が足止めに残ったことは気配で気づいてはいたが、アレ相手となれば生身では足止めすらも難しいだろう。
「止まれ、ダークエルフ。もはや貴様等に逃げ場はないぞ!」
女騎士の頭上を巨大な影が飛び越えていった。
地響きを立てて着地したそれは、くるりと振り替えると両手に握ったオークと虎のワイルドを見せつけた。
その昔、サラサディア王国初代女王の先導により生み出された、新たな巨神があった。
練金加工された金属と魔獣素材のハイブリッド。
特殊合金による基礎フレームと、魔獣の皮革や甲殻による装甲を持つ、全高20メートルを超える人造の巨人。
それが始まりの魔導巨神、アルキュオーネだ。
その巨体を駆動させるのは、関節部など可動部分に設置されたアゾートアクチュエータだ。この錬金術の粋を極めた物質は、柔らかい鋼などともよばれ、魔力を通すことで任意に伸縮、膨張縮小させることができ、可動部分を動かすための駆動装置として利用されている。
その巨体を動かすためにアゾートアクチュエータが必要とする魔力は人類ではまかなうことが出来ず、それを供給するための心臓部が、魔結晶反応炉だ。魔獣から得られる魔石を精錬した魔結晶を触媒として利用し、大人の腕ほどのサイズの魔結晶一本でおよそ24時間の戦闘行動が可能となる。
アルキュオーネを嚆矢として、魔導巨神シリーズは長い時間とともに改良が繰り返され小型化省エネ化が進んだ結果、現代では全高10メートル前後のサイズに収まっていた。
長年に渡りサラサディア王国を支え続けたその技術が、今回の王都への一斉攻撃により、人間族に盗み出されていたことが発覚した。
王都に配置された魔導巨神は10機。魔獣相手であれば必要十分であったが、人間族の作った劣化品とはいえ倍以上の数が一斉に襲いかかってくれば苦戦は当然だった。
その隙を突いて歩兵部隊が都市内で破壊活動を開始し、一気に王族を押さえた。最大の戦力であるアルキュオーネも、搭乗前に機体を押さえられてしまえば、どうしようもなかった。
「彼らを見殺しにするわけにはいきません。降伏しましょう」
「姫様……」
女騎士の腕から降りた少女が、気丈に声を張り上げる。
「部下の命を保証しなさい。それが絶対の条件です!」
「これはこれは、プリンセス。お流石ですな」
慇懃無礼な声が隊長機らしき巨人から響いた。人質を取った機体の他に、さらに二機が包囲に加わった。
人間族の作り上げた魔動機兵、ハイリカス。中身は粗悪とさえいえるデッドコピー品ではあるが、魔獣や生身の人類相手であれば十分な戦闘力を持っている。
どこからともなく現れた密偵達が、護衛の5人を縛り上げた。少女は王族であったため、一応最低限の礼を尽くされている。
「さて。では、伝説の騎士巨神とやらを拝見させて貰おうか。プリンセスもどうぞご一緒に」
三機のハイリカスと、4人の密偵達に囲まれながら、少女達は神殿への道のりを進んでいく。
遠目に見えるだけであった騎士巨神に近づくにつれて、少女の心を絶望が占めていく。
「ほう、さすがは伝説の機体」
「はっはっは。鹵獲した王国旗騎に勝るとも劣らぬ巨体ですな、隊長」
「風化して崩壊寸前みたいですね。伝説も月日の流れには勝てなかったようだ」
ハイリカスのパイロット達が言うように、騎士巨神の姿はボロボロだった。
装甲は薄汚れて錆が浮き、あちこちが欠け落ちてでこぼこになっている。むしろ、年代的に考えれば、形が残っていることさえ奇跡といえるだろう。
「まあ、これから大陸は人間国家により支配されるのです。亜人どものすがる過去の栄光など不要のもの。とどめを刺してあげなさい」
「「了解」」
二機のハイリカスが、腰にマウントされていた巨大なメイスを手に取った。魔導機兵はこういったシンプルな鈍器か、殴ったり蹴ったりの格闘戦で戦う。
「やめてっ 騎士巨神を壊さないでっ!」
少女の叫びなど関係ないとばかりに、二機のハイリカスがメイスを振り下ろす。ごおんっと鉄同士がぶつかる重い音とともに、構造材がバラバラになって飛び散った。
「ああっ ああ、シャルサリア様の残した希望が……」
ボロボロと涙をこぼす少女を、ハイリカスの隊長機があざ笑う。
「亜人どもを惑わす邪悪な偶像、騎士巨神、アトランディア。この人間の英知の結晶たるハイリカスが討ち取ってくれた――――― はわ?」
その瞬間、全てのハイリカスが天空より降り注ぐまばゆい光によって、両手両足を切断されて無様に大地に転がった。
「お前等ごときが、ハルさん達から貰った俺の名を口にするな!」
少女の絶望を払うべく、大地すら揺さぶるほどの大音声がハイリカス達に叩きつけられた。