04 邪神クリア/開拓村救助成功
肉眼で見下ろす馬車の中には、呆然としたまま嬉し恥ずかしポーズで硬直している美少女エルフがいた。
でも、プローブからの半裸エルフさんの映像、ウィンドウには別のモノが映り込んでいる。
隅っこに見切れてるこの巨大ロボット、なんなの?
周囲を見回しても、巨大ロボットなどどこにも居ない。
というか、俺の動きに合わせて周囲を見回すように首を振っている。
あれ、もしかしてこれ、俺なの?
『ぷーくすくす。超ウケるんですけど。チーレム目当てで転生したのに、きちんと人間の体って言わなかったせいで機械の体になったお間抜けさん。ねぇねぇ、どんな気持ち? 今どんな気持ち?』
突然ポップアップしたウィンドウに、美少女のバストショットが映し出された。しかも、その美少女が意地悪そうな笑みを浮かべて俺をあざ笑っている。
「なんだ、これ。誰だお前」
『私? 私は女神さまよ。あんたのせいで権能を封印されて神界から追放されちゃった超絶美少女女神、クリア様とは私の事よ。本当は絶対いつか罰を当ててやるつもりだったけど、あんたのお間抜けぶりにちょっとだけスッキリしたから、許してあげなくもないわ。さあ、今すぐPSコンテナから解放しなさい。そして、崇拝して。ああ、女神様っ! って、望陀の涙を流しながら心からの感謝の土下座して! それからそれから――――――』
なるほど、これが俺をうっかり殺した駄女神か。
まるで反省していない。
ダメだこいつ、早く何とかしないと……
欲望にまみれた自分勝手なことをべらべら喚きたてる自称女神様とやらは、本人の申し立て通りPSコンテナの一枠に入っていた。
他にもいくつかアイテムが入っているみたいだけど、今は駄女神を優先しよう。駄女神のアイコンに意識を集中する。
<貨物詳細を表示しますか?>
おっと、ありがとうございます。あれ、このメッセージ、駄女神がふざけてた訳じゃなかったんだ?
<はい、私は貴方のために作られた、簡易人格を持つサポートAIです。いつでもご命令ください>
おおぅ。すんません、お手数をおかけします。
<どういたしまして。貨物詳細、表示します>
簡易人格のAIの方がまともな受け答えをしてくれるって、なんだかなぁ。とりあえず、視界にポップアップした詳細に目を通す。
貨物名称:
・封印された元駄女神クリア
貨物詳細:
・手抜きや失敗の隠蔽など悪意的な数々の行状により、慈悲深い上位神たちの不興を買った愚かな存在。全ての権能を”剥奪”されて神界を追放された元女神。
解放条件:
・被害者たちへの心からの謝罪と、カルマ値を最低+100まで上げることで、PSコンテナの所有者の承認によって解放されることが可能になる。ただし、解放された場合、追放先の世界で全ての記憶を失った上で輪廻の輪に戻り魂の修行を行うことになる。いかなる生命体に転生するかは、その時のカルマ値次第。
・謝罪値、カルマ値が規定を満たさない状態でPSコンテナの外に出ると、その存在は只の魔力塊として拡散し消滅する。
必要謝罪値:
0/53794123(迷惑をかけた総人数)
所有|因果〈カルマ〉値:
ー9323209
……なにやった、この駄女神。
謝罪対象が五千万人突破、マイナスカルマ約一千万。カルマの方の計算方法は分からないから置いておくとして、謝罪対象が日本の総人口の半分近いとか、どんだけ迷惑を振りまいてるんだ?
ここまでくると、駄女神どころか邪神じゃね?
優しすぎるだろ、じーちゃん神様は。
『ねぇ、ちょっと、聞いてるの? 早く出して。さっさと出して。今すぐ出してくれたら、少しぐらいはあんたにも――――――』
「出すわけあるか、このクソ邪神!」
さすがに、堪忍袋の緒が切れました。
じーちゃん神様はまだいい。
もしかすると、俺は騙されて機械の体にされたのかもしれない。
だが、たかが人間のなれの果て相手に、部下の失敗を自ら土下座して謝罪し、その上でこちらが指定した以上のチートをくれた。
機械の体になってしまったのは、俺の想定不足と言われればその通りで、責めることは難しい感じだし、その気も無い。
だが、このクソ邪神は違う。
これだけ多くの存在に迷惑をかけ、上司に土下座までさせた挙げ句、それでもまだ怠惰で傲慢でスイーツ脳とか、個人的に最低の人格だと思うがどうだろう?
『ちょっと、聞き捨てならないわよ。この美しき女神様に対して、邪神とは何よ邪神とは!』
「逆に聞きたいわ。どうやったら五千万人にも迷惑をかけられるんだ、全自動災害噴霧器が!」
『なななな、だれが殺虫スプレーよ!』
「黙れ邪神、除虫菊のほうが人の役に立つだけまだマシだ! じーちゃん神様が言ってた、地球に置いといても何に役にも立たない無駄な魔力的リソースっぽいものって、お前のことだろ!」
『ふざけないで! 私を誰だと思ってるの? 女神様よ? 超絶美少女女神様なの。ほら、謝りなさいよ! さっさと土下座で謝って!』
話すだけ無駄っぽい。
ぎゃあぎゃあ喚き散らす邪神を無視して、メニューカスタマイズを表示する。PSコンテナに封印されているのに、俺と会話したり周囲の状況を認識出来ているということは、何らかの方法で俺の視覚聴覚に寄生しているのだろうと思ったからだ。
サポートAIちゃん…… 呼びにくいな。とりあえず、アイちゃんてことで。メニュー加工よろしく。
<了解。パーソナルネームを設定しました。以後、私はアイです>
視覚、聴覚、発声に関するアクセス権限を設定し、スライドスイッチをオフに。
『あれ、ねぇ、何したの? いきなり真っ暗になったんですけど』
「邪神を野放しにする趣味はないので、完全封印するんだよ」
視覚に続いて、聴覚もオフ。まだ俺の声だけは伝わるようにしておく。
『え? え? 自分の声まで聞こえないんですけど? え?』
ウィンドウの中の邪神クリアが目に見えてうろたえ始める。
「何の刺激もない永遠の闇の中で、反省するといい。それだけが、お前への赦しだ」
『ちょっと、まって、ねえ。あやまるわ。謝るからお願い、やめて! まって、ねえ!』
「ダメ、絶対」
外部へのアクセス権を全てカット。
ただし、声だけはミュートにして、テキストへ変換したモノをログウィンドウに表示するようにしてみた。
本気で反省して贖罪をする気になれば、外部へのアクセス権を戻してやってもいいかな、と。じーちゃん神様にも頼むって言われたし、PSコンテナからほっぽり出して消滅させるのもなんか、ね。
邪神の使っていたウィンドウのカメラをズームアウトさせると、真っ暗闇の中でじたばたと暴れている姿が見えた。
こんな状況でも邪神は反省しようという気が無いらしく、ログウィンドウを罵り文句がもの凄い勢いで流れていく。
そういえば、PSコンテナ内部は時間の流れも操作出来たっけ。千倍に加速して、しばらくはウィンドウを最小化して放置しておこう。腐っても邪神だし、精神崩壊とかはしないだろう多分。
「巨神様、どうか私たちを、私たちの村をお救いください!」
足下から聞こえた声に、やっと思い出した。
邪神とのやりとりですっかり忘れていたが、村もモンスターが絶賛襲撃中だし、半裸の美少女エルフさんがいたんだった。
色々と悲しい事実が判明したけれど、時間がない。
しかも、自分が鋼のスーパーロボットであるのならば、モンスターを恐れる必要もないだろう。
「分かった。ええと…… エルフさんは自力じゃ動けそうにないね?」
「は、はい……」
俺の視線に気づいたのか、赤く頬を染めながらもじもじとスレンダーな体をよじるエルフさん。金の髪に青い瞳、すっと尖ったエルフ耳。顔立ちは、控えめにいっても超美少女のそれ。まごうことなきディードリット種だ。やはり、ピロテース種もいるんだろうか? 生身の体じゃないのが残念すぎる。
「んー、俺の手じゃ固定をほどくのはちょっと無理だし、馬車ごと運ぶかな?」
<PSコンテナに収納可能です>
あ、そうなんだ。生き物も仕舞えるなら、エルフさんだけ収納すれば拘束も関係ないかな?
<肯定。生体を通常スロットに収納しても特に問題ありませんが、PSコンテナ内にいくつかの生体用居住ユニットが格納されています。そこに収納すれば居住性も良好です>
さすがアイちゃん、有能だ。
そして、じーちゃん神様ありがとう。こんなのまで用意してあるって事は、ロボの体はやっぱり悪意じゃないんだね。
「じゃ、今から助けるけど、落ち着いてね」
「は、はい…… え!? ここは」
左手をかざすと、エルフさんの姿が消え、駄女神の時のようにウィンドウがポップアップした。結構広めなホテルの一室のような感じの部屋で、ダブルベッドの上に現れたエルフさんは、きょとんとした顔で周囲を見回している。なにこれ、可愛い。
<左掌部PSコンテナより、人類種用居住ユニットに格納しました>
おっと、ついでに馬も拾っておこう。動物だし、時間停止させておけばいいか。
「じゃ、村まで走るから到着するまでそこでゆっくりしてて」
「あの、村の場所はおわかりですか? 案内をしますので、外に出していただければ」
「ああ、平気平気」
アイちゃんに頼んで、エルフさんがマップと外の景色、サテライトプローブの映像を見えるようにしてもらう。外の映像はガラス窓に、他の情報はテレビのような感じに四角い映像が空中に浮かんだ。
「みんな……」
「この、緑がいっぱい居るあたりでしょ? すぐ行けるから、待ってて」
「ああ、|巨神<アトラス>さま、ありがとうございます!」
エルフさんがベッドの上で片膝をついて祈りのポーズで感謝の声を上げる。さっきから言ってるアトラスってなんだろ。まあ、今はいいか。
全力疾走開始。
大地を爆裂させながら走る走る。周囲の景色があっという間に後に流れていく。巨大ロボならこの早さも納得だ。
サテライトプローブからの映像では、村人たちが柵の中で必死に戦っている姿が確認出来た。幸いにまだ死亡者は出ていないようだ。
不思議なことに、エルフや獣人に混じって、犬頭のコボルトや餓鬼のような姿のゴブリンといった、ゲームであれば敵であるはずの連中まで柵の内側で戦っている。襲撃側のモンスターは、異形の動物っぽい感じだ。
村人達はやがて柵の一部を壊して敵を引き込むようにしたようだ。エルフさんが小さく悲鳴を上げてハラハラしながら見守る中、見事な連携で一匹のモンスタ-を倒した。
しかし、森の中から新たに大きめのモンスターが現れる。さっき飛び散った奴よりも一回りほど大きい。村人達の動きが止まり、雑魚達が散り散りに逃げていく。
「そんな、あんな巨獣まで……」
「大丈夫、間に合う。目で見えるように、なった!」
ラストスパート。
柵に飛びかかった巨獣とやらに向かってジャンプ。サイズは、大きめの猫ぐらいかな? とっさに猫をつまむように、巨獣の背中の皮を右手でつかんで着地。ぴたっと止まったけど、慣性とかどうなってるんだろうね。
風圧に耐えきれなかった櫓が倒れ始めたので左手を伸ばしたところで、小さな人影がこぼれ落ちた。
「しまった」
「巨神さま、私を外へ!」
<左掌部PSコンテナ解放>
アイちゃんがエルフさんを手のひらに出すと、エルフさんは何事かつぶやきながら落ちた人に向かってダイブした。無茶だと思うが、このままでは櫓が二人に倒れかかる。
「シャル、しっかりして!」
左手で櫓をつかみ、二人をPSコンテナに回収しようとした所で、エルフさんが緑色の光の羽根をはやして、ゆっくりと降下していくのが見えた。
ズームしてみると、二人の顔立ちはよく似ていた。妹だろうか?
「白銀の、騎士巨神……」
妹(?)が小さくつぶやいて気絶すると、その場をつかの間の静寂が包んだ。
エルフ、ドワーフ、獣人、コボルト、オーク、ゴブリン、さまざまなファンタジー系人類がいた。ひょっとして、人型であれば概ね人間扱いなのだろうか?
「やった! 俺たちは、生き延びたぞ!」
「助かった。助かったんだ!」
「良かった、本当に良かった!」
「ウォォォォォォ! 俺たちの勝利だ!!」
「巨神さま、ありがとうっ」
「神は、巨神様は本当にいたんだ!」
「「「「「巨神! 巨神! 巨神! 巨神!」」」」」
そんな俺の疑問を、人々の勝利の歓声が押し流していった。