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03 ハルハリアの窮地/小人さん?





 四頭立ての馬車が森を切り開いた街道を走っていた。


 魔獣蔓延るこの世界で夜間、それも馬車単独での移動など無謀きわまりない行為ではあるが、この馬車に乗るのは城塞都市の領主たる侯爵より、とある使命を託された監査官たちであり、それゆえに特別に魔獣除けの魔法を幾重にも施された高速馬車を貸し出されていた。


 この馬車であれば、それこそ巨獣でもなければ近寄っては来ないし、ただの魔獣であれば仮に襲われたとしても振り切ることも可能なはずだった。


「はぁー、今頃あいつ等死んだかな?」

「まだじゃね? でもまあ、すぐだろ。特別濃い奴をたっぷり撒いてきたからな」

「おいおい、お前達。わしらは”魔獣に襲われた開拓村から命からがらなんとか逃げ出した”んじゃぞ? 畜生どもの開拓が失敗したという、大事な報告をせねばならんからのう」

「おっと、そうでした」

「失礼しました、監査長殿」


 村を監視、監督するために配されたはずの監査官の男達は、嫌らしい笑みを浮かべてゲラゲラと笑った。




 男達の声に、ハルは悔し涙を流すことしか出来なかった。

 サラッハ伯爵の妻であるハルハリアは、荒縄で縛り上げられてがたがたと揺れる馬車の床に転がされていた。村の様子を見るついでにあちこちを散策していた所、監察官達が魔獣寄せを散布している所を偶然にも目撃してしまい、捕らえられてしまったのだ。

 でっぷりと太った監査長はともかく、部下二人の戦闘能力はそれなりに高く、ろくな抵抗も出来なかった。念入りなことに目隠しまでされ、猿ぐつわを噛まされている。エルフは優秀な精霊魔法の使い手だが、魔法使いである以上は声を封じられれば無力といってもいい。


「ところで、監査長殿。そろそろ、”休憩”の頃合いではありませんかな?」

「ふむ。確かに、良い頃合いかもしれんなあ」


 冗談めかして鯱張った口調で言う部下に、監査長はにんまりと好色そうな笑みを浮かべた。近隣の魔獣は魔獣寄せで開拓村を目指しているはずだ。ここまで村から離れれば、多少”休憩”したところで襲われることはないだろうと考えたのだ。


「まあ、あまりゆっくりとは出来んのが残念じゃが、済んだあとはバラしてその辺に捨てておけば魔獣が片付けてくれることじゃろう」


 かすかな揺れとともに馬車が止まり、ハルの目隠しが取り払われる。ゲスな笑いを浮かべた男達が、ハルを取り囲んでいた。


「やぁ、伯爵夫人。中古なのがちと残念だが、少々我々を楽しませてくれたまえ。おい、やれ」

「へい! さーて、ちょっとじっとしてなよ伯爵夫人。手が滑ると大けがになるからな」


 男の一人がハルを押さえつけ、もう一人が一度縄をほどいてから腕だけをハルの頭上で縛りなおす。監査長が短剣を使ってハルの着衣を引き裂いていく。大気にさらされた白い肌に、男達の一人が口笛を吹いた。


「やっぱ、エルフの胸は小せえなぁ」

「その代わりきつきつだっていうぜ。どうなんすか、監査長?」

「ああ、その通りだとも。何度か味わったが、間違いない」


 ハルに出来ることは、涙のにじんだ目で男達をにらみつける事のみだった。今頃村は魔獣に襲われていることだろう。夫や娘も生き延びられる可能性はないに等しい。自身も、この男達に嬲られて殺されてしまうことだろう。


 だが、僅かなチャンスもある。最低でも、この男達を道連れにすることができるはずだ。ハルの持つエルフの鋭敏な感覚が、森の中から近づいてくる気配、魔獣が茂みをかき分ける音を捕らえていたのだ。


 男達がいそいそとズボンのベルトを緩め始める。

 もう少し、あと少し。

 可能であるのならば、辱めを受ける前に死なせて欲しい。


「まあ、エルフどものモノに比べれば、人間様のモノはかなりデカいからのう。伯爵夫人も楽しんで――――――」


 ごう、と何かが通り過ぎていった。

 男達は呆然と目を見開いて、馬車の壁越しに自分の腹を貫いた大人の腕ほどもある肉の棒、触手を見た。

 悲鳴を上げる暇すらなく、馬車の上半分ごと男達の姿が消える。ハルは床に転がされていたおかげで怪我一つ無いが、助かったわけではなかった。


 魔獣除けの魔法を組み込まれたランタンの光に照らされて、夜の闇に巨影が浮かび上がる。

 無数の触手をわななかせて、牙だらけの口を歓喜にゆがませる異形。

 よりにもよって、近づいていたのは巨獣だったのだ。


「Boooooooooo~」

「ひゃ、ひゃめてぇ」

「いてぇ、いてえよう」

「やめろ、わしを誰だと…… ひぃがああぁぁぁぁ」


 男達三人は、その槍のように尖った触手に馬車の残骸と一緒に串刺しになってぶら下がっていたが、すぐに巨獣の口の中に放り込まれてバリバリとかみ砕かれ、断末魔の叫びをあげた。


 巨獣は次に馬達に目を付けたようだ。監査官の馬車は四頭仕立てで、パニックを起こした馬達が逃げることも出来ずに暴れていた。そのせいで馬車もがたがたと揺れている。二頭を装具ごと引きちぎって口に放り込んだ巨獣は、人間よりもボリュームのある獲物に満足そうに口をうごめかせた。


 ハルはこの隙に逃げられればと全力でもがいたが、両腕は固定されたベンチの足に縛り付けられたままで動かすことも出来なかった。何か無いかと周囲を見回すと、視界の隅に男達がハルの服を切り裂くのに使った短剣が転がっている事に気づいた。


 全力で体をよじり、足先で短剣に触れる。

 容易に走れないようにと靴を脱がされていたのは幸いだ。なんとか足の指を使って短剣の刃を挟んでもちあげると、少々、というか夫にさえ見せられないほどはしたない格好ではあるが、足を頭上に振り上げた。

 腕は縛られて動かせないが、短剣を持つことが出来れば、椅子の足に縛られた縄を切ることも可能なはずだ。


「あ……」 


 ぽろりと短剣が落ちた。

 頭上からのぞき込む巨大な影が、ハルに向けて触手をゆっくりと伸ばしていた。


 終わった。

 絶望に包まれたハルには、ただ巨獣を見つめることしかできず、しかし次の瞬間に――――


「そおぉいやあっ!」


 謎のかけ声とともに、巨獣がはじけ飛んだ。

 ごおっと風がうなり、目の前を白い壁が横切り、巨獣は比喩でなく文字通りにびしゃあっと体液をまき散らしながら爆ぜたのだ。


「うげ、飛び散った。脆すぎじゃね? あー小人さん、なのかな…… 大丈夫?」


 巨大な何かがハルを見下ろしながら、金属質な響きを持つ声で問いかけた。




   ※   




 早い。

 というか、早すぎね? この体。

 足下の土を盛大に蹴立てながら、ほんの数歩走っただけのつもりが、マップ上の表示だと100メートル近く移動してる計算なんですけど。

 高速道路を走る自動車以上の速さで流れる視界。このスピードなら1キロメートル1分もかからないかも?


 マーキングした緑光点を意識すると、ウィンドウが開いて見下ろし視点の映像が映し出される。


「ふぉおおおお、漲ってきたあっ!」


 馬車の床で拘束された半裸の美少女が、あられもない姿でモンスターに襲われかけている。


 この尖った耳、間違いなくエルフ!




 そんな事を考えているうちに、あっという間に肉眼で壊れた馬車とモンスターを補足したのだが。


 ……なんか、妙に小さくね?

 屋根が吹き飛ばされたらしい馬車は、軽く小脇に抱えられそうなくらい。それを引く馬も手のひらに乗るサイズ。

 馬車に襲いかかっている肉色の触手の塊に牙だらけの大口を付けたモンスターでさえ、大きめのウサギぐらいでしかない。


 おっと、それよりも。


「そおぉいやあっ!」


 馬車の中に触手を伸ばしていたモンスターを、とっさに蹴っ飛ばす。

 軽く蹴っただけのつもりだったのだが、触手モンスターは水風船を破裂させたかのように、体液をまき散らしながら弾け飛んだ。


「うげ、飛び散った。脆すぎじゃね? あー小人さん、なのかな…… 大丈夫?」


 馬車の中をのぞき込めば、手のひらサイズの美人さんが、呆然とした顔でこちらを見上げている。何があったか知らないが、服も下着も切り裂かれており、片足を高々と頭上に上げた素敵なポーズのままで。

 ああ、録画しておきたかった。デジカメとかもお願いすれば良かったかな。


<プローブからの映像は任意に削除しないかぎり、全てデータストレージに保存されています>


 あ、そすか。ラッキー!




 ……ねぇ。

 やっぱ、色々おかしくね?











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