おーばータイム。
番外編です。 良かったら楽しんでください。
真っ青な空と真っ白な入道雲を見上げ、思う。
もう、夏なんだ、と。
こんな空を見ると、イヤでもあの日のことを思い出す。
「なぁ、捺芽。何であんなに陽子ちゃんに嫌われてんだよ?」
柔軟の相方で、俺の所属するラグビー部の部長でもある大宮拓真が、俺を見上げて尋ねてきた。
「それによぅ、将人にぞっこん、って感じだけど……あれも何でだろうな?」
「将人にぞっこん?……それだけはねぇだろ。」
俺は空に向けていた視線を忌々しそうに拓真に移した。
「そうかぁ?」
拓真の口調はとても落ち着いていて、聞いていて飽きない。
「ったりめーだろ?大体、あれは陽子が悪かったんだよ……。」
「…?あれ、ってなんだよ?」
柔軟をやめ、拓真がこちらに向き直った。完璧に聞きただす姿勢だ。
こうなってしまった拓真ははぐらかされない。どうしようもできないのだ。
俺は珍しく失言してしまったことを後悔した。
それも、まぁ…後の祭ってやつで。
この話、誰にもしたくなかったんだけどな……。
青い空が目に染みて、白い入道雲がわたあめみたいに見えていた頃の話だ。
「なっちゃーん!」
元気のいい声で、少年が自分のあだ名を呼んでくる。
突き刺さるような日差しが容赦なく降り注ぐ中、その少年はこちらへ駆けてくる。
そして俺の腰辺りに勢いよく飛び付き、俺を見上げてにっこりと笑った。
こいつこそが亀川将人。俺の家の隣に住んでいて、小さい頃からの遊び仲間だった。
もっとも、俺の方が二つ年上で小学校に上がってからは、あまり遊ぶことはなかった。
「なっちゃん、久しぶりだねっ!」
将人が無邪気な笑顔を俺に向けて言った。強い日差しに当たって、将人の額にはキラキラと汗が輝いている。
俺は自分のかぶっていた帽子を将人の頭に乗せた。
「わっ……ありがとう!」
その帽子をかぶり直しながら、嬉しそうに将人はお礼を言う。
「なっちゃん、サッカーしようよ!」
俺の手を両手で掴みながら、将人は言った。
そして、肩からさげたネットからサッカーボールを取り出す。
「どうだ?少しは上手くなったか?」
「もちろんだよ!」
からかうように言うと、少し怒ったような顔を作って将人は言った。
そして、少年の体には大きすぎるサッカーボールをひざや足ではじきはじめた。
「いっち…にっい…さっ、あー!」
そう言ったと同時に、ボールが将人のもとから俺の方へと転がってきた。おもむろにそれを拾いあげリフティングを始める。
将人がまぶしそうな目でその様子を見つめてくる。
「よっ…と。」
ある程度したところでボールを頭に乗せる。
これは、かなり練習した技だ。上手く決まって良かった……。
「わーっ。やっぱりなっちゃんはすごいんだ!!」
そう言うと、将人はまた俺の腰辺りに飛び付いた。
「うわっ!?」
頭の上からボールが落ちる。
前よりずっと、飛び付いてくる勢いが強くなっている気がする。
「こらっ、将人。いきなり飛び付いてくるなっつーの!もうお前ニ年生だろっ!?」
「うんっ!だって、僕もう8歳だよ。」
「だったら、少しはおとなしくしろよ……。」
「えー…でも、集くんとか侑希くんもこんな感じだよ?」
俺は黙りこくった。
そうだ、こいつはまだ8歳。元気まっ盛りなんだ。
って、俺もまだ10歳にもなってないんだけどな……。なんか、変なの。
将人がどうしたの?といった感じで俺を見上げてくる。
じんわりと汗がにじんできた。
「いいから、離れろって。」
そう言うと、将人は思い出したように俺から離れ、へへっと笑う。
その笑顔は紛れもなく8歳のものだった。
「……お兄ちゃーん!!」
そのとき、幼い声が俺を呼んだ。
俺が振り返ると、一人の少女が走って来るのが見える。
お兄ちゃん…?
俺のことだよな。
これは、別に俺がボケている訳ではない。こちらへ駆けてくる少女、萩陽子は紛れもなく俺の妹だ。
単に今まで一緒に暮らしていなかったのだ。夏休みである今、初めてこの少女は俺の住む町にやって来たのだ。
妹の記憶のない俺は少し戸惑う。俺が記憶にないのだから陽子の方も覚えているはずがない。
あんなに無邪気に俺を兄と呼び、こちらへ駆けてこられるのはやはり幼いからであろうか。
「なっちゃん、お兄ちゃんって…?」
将人が不思議そうな顔で俺を見上げてくる。
こういうことの説明は苦手だった。俺自身、よくわかんねぇし。
だから俺はあいまいにうなずき、言った。
「あいつ、俺の妹なんだよな。」
「妹っ!?」
将人が大げさに驚いた。
そこへ、陽子が息を切らしながらやって来た。
「お兄ちゃん、何してるん?」
陽子が兄である俺の顔を見上げて、太陽のように笑った。
聞き慣れない言葉の調子に、俺は距離感を感じずにはいられない。
そのとき、陽子の笑顔が不思議そうな顔に変わった。どうやら、俺の後ろに隠れている将人に気付いたらしい。
「お兄ちゃん……この子ぉは?」
陽子と目が合ったらしく、将人が俺のTシャツをしっかりとつかむ。
「……こいつは、俺の…友達、かな?」
俺は少し考えてから言ってみる。
陽子はふぅん、といった顔をする。
そのとき、将人が俺の服から手を離して俺の前に立った。
「なっちゃん!」
将人が俺の名前を呼ぶ。
俺は腰をかがめて将人と目の高さを合わせた。だが、将人はなかなか口を開かない。
「何だよ?」
俺はじれったくなって聞いた。
「えっと……今の、本当?」
……?今の、って?
「今の、って何だよ?」
俺が聞くと、将人は少し困った顔をした。
両手の指を絡ませて、なんだか落ち着かない。
「だから……友達?」
将人がつぶやくようにぼそぼそと言う。めちゃくちゃ顔が赤い。
本当、って、俺そんなにウソついてるかな……。
「違うのかよ?」
逆に問いかえした。
「ちっ、違わないよっ。っていうか、いいの?本当にいいのっ!?」
「はぁ?何が悪いんだよ……。」
「いや、それは……。」
そう言ったきり、将人は黙ってしまった。
「お兄ちゃん、遊ぼうや。将人くんも、な?」
突然、陽子が腕をつかんで言ってきた。
年下が二人もいるっていうのは大変だな……。俺は切実に思う。
「……わかった。じゃあ、何がしたいんだよ?」
「鬼ごっこ!!」
将人が間髪入れずに言った。
ったく、元気なやつだ。
「いいか?陽子。」
「うんっ!!」
そう言って、陽子はこぶしを突き出した。将人もそれにならってこぶしを前に出す。
そして、俺を見た。
「……何だよ?」
いたたまれなくなって、俺は尋ねた。
陽子と将人が不思議そうな顔でこちらを見ているのだ。
「何て、お兄ちゃん。じゃんけんやで。」
「じゃんけん?」
こいつら、俺相手に鬼をやろうってのか?
「いいって、俺が鬼やるから。お前ら逃げろよ。」
「ダメだよ、なっちゃん。鬼ってすっごく疲れるんだから!」
だから、お前らには無理なんだって……。
「大丈夫だっての!ほれ、数えるぞ。30秒な。いーち、にーい……」
「わっ、なっちゃんズルイ!」
「早うっ!将人くん逃げよう!!」
そう言って陽子が将人をせかす。
こいつら、見てるだけでおもしれーや。俺は数を淡々と数えながら思う。
一生懸命になっている子どもたちが、とてもこっけいに見えてしまう。
二つしか年が違わないし、自分もまだ子どもなのに……俺って性格悪いな。
「さんじゅごー、さんじゅろーく、あっ……。」
ぼんやりといろんなことを考えながら数えていると、30秒を超えてしまっていた。
辺りを見渡す。将人の姿も陽子の姿も見えない。
俺は不敵に笑う。これくらいハンデがなけりゃ、楽しめないよな。
この時、俺は知るよしもなかった。
良くないことは突然にやって来ることを……。
「あーくそっ、ここにもいねぇ。」
探し始めてもうずいぶん時間がたっている。
将人たちの年なら、かなり隠れる場所は限られてくるはずなのに、一向に見付からない。むしろ、もう思い当たるところがなくなってきていた。
町営グランドを囲んでいるのは、細い樹が集まった雑木林で見通しは悪くない。夏だからか、葉っぱをたんまりつけているが……。
まぁその分、太陽の光も存分に降り注いでいてとても明るいので、見付けやすい環境は整っている。
だが、見付からない。
「ったく、どこにいるんだよ。」
特に不安はなかった。
だが、見つけたときの将人たちの反応が気になる。
俺を遅いよ、と笑うだろうか?
それはちょっと腹立つな……。
太陽はまだまだ高く、暑い。
汗をぬぐって木陰に入ると、途端にその光は、俺を夢の世界へいざなうかの様に優しく降り注ぐ。
「一眠りすっかな……。」
俺はゴロンと寝そべった。
時折吹き抜ける風が、最高に心地よい。俺は誘われるままに、夢の世界へ沈んでいった。
「……ちゃん…っ!…っちゃんってば!!起きてよ、なっちゃん!!」
夢の世界から引きずり出そうとする、悪魔の声がする。
「ねぇっ、なっちゃん!起きてよ!!」
ん……将人…?
将人の声が俺を起こそうとしている。くー、この小悪魔めぇ……。
わかったて。今起きるから、ちゃんと鬼するからな……鬼?…あぁ、鬼ごっこしてたんだな。
あれ……?陽子は?
「あー…将人?」
「あっ!なっちゃん、大変だよっ!!陽子ちゃんがっ!!」
俺は上半身を起こしながら、将人の声を聞いていた。
太陽は雲に隠れ、あたりが少し暗く見える。いや、実際に夕刻が訪れようとしているのだ。
「陽子がどうしたって?」
「陽子ちゃんが、陽子ちゃんが、落っこちちゃうよぅ。」
将人は半べそをかいている。
落ちるって、どこからだよ?この辺には危険ながけも段差もないはずだぜ?
「落ち着け、将人。どこにいるんだよ、陽子は?」
「…こっち。」
そう言って、将人は走り出す。一生懸命走っている姿を見ても、今は面白いとは思えない。
何かとんでもないことが起こっている気がして仕方なかった。
前を走る少年の遅さがじれったい。肩で呼吸をする少年が、とても脆く見える。
「……あっ、あそこっ!!」
将人が息を切らして走りながら指さす。ブロック塀にかけられた立ち入り禁止のプレートが目に入る。
確か、あの中は……。
ブロック塀の中に入る。かなり古い井戸がそこにはあった。
ホラー映画なんかで、その中から怪物の一つでも出てきそうな井戸のふちに、小さな指がかかっている。
「陽子っ!!」
「……あ、お兄ちゃん。…ごめんなさい。」
こんなときに謝るなよ!!
怒鳴りたかったが、口から出た言葉は思った以上に穏やかだった。
「いいか?すぐ助けてやるからな、頑張れよ。手ぇ、離すんじゃねぇぞ。死んでもつかんでろ。」
「…うん。」
「陽子ちゃん、頑張って!」
将人が、陽子の片手をつかむ。
俺もその手をつかもうとしたとき、
「きゃぁっ!?」
陽子の手にカエルが乗り、手を離してしまった。
「うわぁ!?」
将人も陽子に引きずられるようにして、穴へと吸い込まれていく。
「将人っ!!」
俺は将人の足をとっさにつかんだ。
二人分の体重が腕に効く。
「ま、将人ぉ、絶っ対にっ、手ぇ離すんじゃねぇぞ!!」
「っ……わかったぁ。陽子ちゃん、頑張って!!」
俺は井戸のふちに手をかけ、腕に力を込めた。
そして一気に引っ張りあげる。将人の体が出てきた。
陽子の手を俺もつかもうと手を伸ばす。
ギシッ……ミシ。
……うん?
何か、変な音がする。
音の方へ目を向けてみると、井戸の上に掛けてある桶が今にも落ちてきそうだ。
頼むから、落ちてくんなよ……。祈るようにそう思った瞬間、
ブッツン。
嫌な音を立てて脆くなったロープが切れ、将人と陽子の上へ落ちていく。
「やべっ。」
俺はそれを受け止めようと手を伸ばす、が……。
ズルッ……
「うわっ!?」
ゴンッ……バシャッ。
草に足を滑らせ、見事に桶が俺の頭に直撃した。
……もう、どうにでもなれっ!!
半ばヤケで、陽子を引き上げる。
桶にたまっていた雨水を見事にかぶり、髪からポタポタ落ちた。うっとおしいことこの上ない。
「大丈夫、陽子ちゃん?」
「うん。ありがとう、将人くん。」
俺の隣で将人と陽子は、のほほんと生還を喜んでいる。
ま、無事でよかったな……。
といった感じで、とりあえずは一件落着、といけば良かったんだけどな……。
その後に事件が起きた。
「お兄ちゃんも、ありが……きゃぁ!?」
「うぇ!?なっ、なっちゃん!?」
「……何だよ?」
将人と陽子が俺の方を見て顔を引きつらせた。
特に陽子は酷い。耳をつんざくような叫び声を上げている。
一体、何だってんだ?
「なっちゃん、頭にカエルが乗ってる……。」
将人が言う。
俺は恐る恐る頭に手をやった。ぐにゅっ、とした物体が乗っている。
それをつかんで見てみた。
「げこっ。」
「げろっ。」
「げぇこ。」
カエルが3匹……俺の手の中に…。
「うわぁっ!?」
すぐにそれを放る。
が、あろうことか俺は、陽子の方へ投げてしまった。
「いやぁぁぁぁあっ!!」
陽子の叫び声が響きわたる。
将人は慌てて、陽子についたカエルを取ってやる。
「おっ、お兄ちゃんのバカぁ!!……お兄ちゃんなんか、お兄ちゃんなんか……大っ嫌いや!!」
「………という訳だな。」
俺は話し終えると、必死で笑いをこらえている拓真に一発見舞ってやった。
「いてっ……そりゃぁ、捺芽。お前が悪いだろ。」
「そんなことねぇ。陽子があんな危ねぇところに行かなけりゃ、あんなことには……。」
「そっかぁ、だから陽子ちゃんカエルがダメなんだな……そーいや、お前もか。」
そう言って、拓真はニヤリと笑う。
「いつか理科室でカエル飼ってもらおう。理科の授業がきっと楽しみになるぜ?」
「てめぇ、殴るッ!!」
そう言って、俺は拓真にこぶしを向けた。
が、それをひらりとかわし、拓真は立ち上がった。
「おー、コワッ。……さっ、みんな柔軟終わりー。ダッシュに入れー。」
「てめっ、逃げんなコラッ!!」
そう言って立ち上がった時だった。
将人の姿が目に入ったのは……。
すぐさまその背中に向かって方向を変えた。
「おっ、おい……捺芽!!……ちょっ、田川!後任せた。」
「えー、またかよぉ。」
不満げに言う田川を無視して、慌てて拓真が追い掛けてくる。
「……まぁーさとぉー!!」
「ぎゃわぁ!?はっ、萩先輩!!」
後ろから首を締め上げると、面白い奇声が返ってくる。
「将人、今の声すげぇ。」
「あ、弟くんだぁ。……どう、しっかりやってる?」
「……はい、おかげさまで。」
首を締めたまま尋ねると、弟くんは苦笑しながら答えた。
倉田集―――ちゃんと名前は知ってるけど、なかなかクセは抜けない。
「そっ、気が変わったらおいでよ?いつでも待ってるよん。」
弟くんは、ははは……と乾いた笑いをした。
俺たちから逃げ切るなんて、ますます惜しい人材だけど……約束は約束だし。
「は、萩先輩ぃー。くっ、苦しいですぅ。」
「……あーあ、また将人いじめて。」
俺が将人の言葉を華麗に無視していると、やってきた拓真が呆れて言った。
「……ていうか、将人いじめは八つ当たりじゃねーのか?」
拓真の言葉に、精一杯抵抗をしていた将人がおとなしくなる。
そして、必死で顔を拓真の方に向けた。
「や……八つ当たり?何の話っスか、それ?」
「話したらソッコー殴るからな、拓真。」
「……だってさ、将人。」
睨みを聞かせて言うと、拓真は肩をすくめた。
「何なんスかぁ、それ!?八つ当たりでコレ、酷くないっスか!?」
「……正当な主張だな。」
苦笑しながら拓真も同意する。……余計なこと吹き込みやがって。
「……捺芽ーっ!!」
その時、うんざりするような声が聞こえた。
俺をはじめ、将人と佐野とかいう男子はため息をつく。
陽子め……。
心の中で恨めしくその名を呼んで、空を仰いだ。
今日も空は青い、入道雲が白く俺の目に染みた。
The End...
これにて『タイム!!』はハッピーエンド(?)です。 最後まで読んでくださってありがとうございます。 という訳で、一同…礼っ! 「「ありがとうございましたーっ!!」」




