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タイム!!  作者: 音無奏
48/48

おーばータイム。

番外編です。      良かったら楽しんでください。



 真っ青な空と真っ白な入道雲を見上げ、思う。


 もう、夏なんだ、と。




 こんな空を見ると、イヤでもあの日のことを思い出す。







「なぁ、捺芽。何であんなに陽子ちゃんに嫌われてんだよ?」



 柔軟の相方で、俺の所属するラグビー部の部長でもある大宮拓真が、俺を見上げて尋ねてきた。



「それによぅ、将人にぞっこん、って感じだけど……あれも何でだろうな?」


「将人にぞっこん?……それだけはねぇだろ。」



 俺は空に向けていた視線を忌々しそうに拓真に移した。



「そうかぁ?」



 拓真の口調はとても落ち着いていて、聞いていて飽きない。



「ったりめーだろ?大体、あれは陽子が悪かったんだよ……。」


「…?あれ、ってなんだよ?」



 柔軟をやめ、拓真がこちらに向き直った。完璧に聞きただす姿勢だ。

 こうなってしまった拓真ははぐらかされない。どうしようもできないのだ。


 俺は珍しく失言してしまったことを後悔した。


 それも、まぁ…後の祭ってやつで。

 この話、誰にもしたくなかったんだけどな……。































 青い空が目に染みて、白い入道雲がわたあめみたいに見えていた頃の話だ。




「なっちゃーん!」



 元気のいい声で、少年が自分のあだ名を呼んでくる。


 突き刺さるような日差しが容赦なく降り注ぐ中、その少年はこちらへ駆けてくる。

 そして俺の腰辺りに勢いよく飛び付き、俺を見上げてにっこりと笑った。



 こいつこそが亀川将人。俺の家の隣に住んでいて、小さい頃からの遊び仲間だった。

 もっとも、俺の方が二つ年上で小学校に上がってからは、あまり遊ぶことはなかった。



「なっちゃん、久しぶりだねっ!」



 将人が無邪気な笑顔を俺に向けて言った。強い日差しに当たって、将人の額にはキラキラと汗が輝いている。


 俺は自分のかぶっていた帽子を将人の頭に乗せた。



「わっ……ありがとう!」



 その帽子をかぶり直しながら、嬉しそうに将人はお礼を言う。



「なっちゃん、サッカーしようよ!」



 俺の手を両手で掴みながら、将人は言った。

 そして、肩からさげたネットからサッカーボールを取り出す。



「どうだ?少しは上手くなったか?」


「もちろんだよ!」



 からかうように言うと、少し怒ったような顔を作って将人は言った。


 そして、少年の体には大きすぎるサッカーボールをひざや足ではじきはじめた。



「いっち…にっい…さっ、あー!」



 そう言ったと同時に、ボールが将人のもとから俺の方へと転がってきた。おもむろにそれを拾いあげリフティングを始める。


 将人がまぶしそうな目でその様子を見つめてくる。



「よっ…と。」



 ある程度したところでボールを頭に乗せる。

 これは、かなり練習した技だ。上手く決まって良かった……。



「わーっ。やっぱりなっちゃんはすごいんだ!!」



 そう言うと、将人はまた俺の腰辺りに飛び付いた。



「うわっ!?」



 頭の上からボールが落ちる。

 前よりずっと、飛び付いてくる勢いが強くなっている気がする。



「こらっ、将人。いきなり飛び付いてくるなっつーの!もうお前ニ年生だろっ!?」


「うんっ!だって、僕もう8歳だよ。」


「だったら、少しはおとなしくしろよ……。」


「えー…でも、集くんとか侑希くんもこんな感じだよ?」



 俺は黙りこくった。

 そうだ、こいつはまだ8歳。元気まっ盛りなんだ。


 って、俺もまだ10歳にもなってないんだけどな……。なんか、変なの。


 将人がどうしたの?といった感じで俺を見上げてくる。


 じんわりと汗がにじんできた。




「いいから、離れろって。」



 そう言うと、将人は思い出したように俺から離れ、へへっと笑う。

 その笑顔は紛れもなく8歳のものだった。



「……お兄ちゃーん!!」



 そのとき、幼い声が俺を呼んだ。

 俺が振り返ると、一人の少女が走って来るのが見える。


 お兄ちゃん…?

 俺のことだよな。

 これは、別に俺がボケている訳ではない。こちらへ駆けてくる少女、萩陽子は紛れもなく俺の妹だ。

 単に今まで一緒に暮らしていなかったのだ。夏休みである今、初めてこの少女は俺の住む町にやって来たのだ。


 妹の記憶のない俺は少し戸惑う。俺が記憶にないのだから陽子の方も覚えているはずがない。

 あんなに無邪気に俺を兄と呼び、こちらへ駆けてこられるのはやはり幼いからであろうか。



「なっちゃん、お兄ちゃんって…?」



 将人が不思議そうな顔で俺を見上げてくる。

 こういうことの説明は苦手だった。俺自身、よくわかんねぇし。

 だから俺はあいまいにうなずき、言った。



「あいつ、俺の妹なんだよな。」


「妹っ!?」



 将人が大げさに驚いた。

 そこへ、陽子が息を切らしながらやって来た。



「お兄ちゃん、何してるん?」



 陽子が兄である俺の顔を見上げて、太陽のように笑った。

 聞き慣れない言葉の調子に、俺は距離感を感じずにはいられない。

 そのとき、陽子の笑顔が不思議そうな顔に変わった。どうやら、俺の後ろに隠れている将人に気付いたらしい。



「お兄ちゃん……この子ぉは?」



 陽子と目が合ったらしく、将人が俺のTシャツをしっかりとつかむ。



「……こいつは、俺の…友達、かな?」



 俺は少し考えてから言ってみる。

 陽子はふぅん、といった顔をする。

 そのとき、将人が俺の服から手を離して俺の前に立った。



「なっちゃん!」



 将人が俺の名前を呼ぶ。

 俺は腰をかがめて将人と目の高さを合わせた。だが、将人はなかなか口を開かない。



「何だよ?」



 俺はじれったくなって聞いた。



「えっと……今の、本当?」



 ……?今の、って?



「今の、って何だよ?」



 俺が聞くと、将人は少し困った顔をした。

 両手の指を絡ませて、なんだか落ち着かない。




「だから……友達?」



 将人がつぶやくようにぼそぼそと言う。めちゃくちゃ顔が赤い。

 本当、って、俺そんなにウソついてるかな……。



「違うのかよ?」



 逆に問いかえした。



「ちっ、違わないよっ。っていうか、いいの?本当にいいのっ!?」


「はぁ?何が悪いんだよ……。」


「いや、それは……。」



 そう言ったきり、将人は黙ってしまった。



「お兄ちゃん、遊ぼうや。将人くんも、な?」



 突然、陽子が腕をつかんで言ってきた。

 年下が二人もいるっていうのは大変だな……。俺は切実に思う。



「……わかった。じゃあ、何がしたいんだよ?」


「鬼ごっこ!!」



 将人が間髪入れずに言った。

 ったく、元気なやつだ。


「いいか?陽子。」


「うんっ!!」



 そう言って、陽子はこぶしを突き出した。将人もそれにならってこぶしを前に出す。

 そして、俺を見た。



「……何だよ?」



 いたたまれなくなって、俺は尋ねた。

 陽子と将人が不思議そうな顔でこちらを見ているのだ。



「何て、お兄ちゃん。じゃんけんやで。」


「じゃんけん?」



 こいつら、俺相手に鬼をやろうってのか?



「いいって、俺が鬼やるから。お前ら逃げろよ。」


「ダメだよ、なっちゃん。鬼ってすっごく疲れるんだから!」



 だから、お前らには無理なんだって……。



「大丈夫だっての!ほれ、数えるぞ。30秒な。いーち、にーい……」


「わっ、なっちゃんズルイ!」


「早うっ!将人くん逃げよう!!」



 そう言って陽子が将人をせかす。


 こいつら、見てるだけでおもしれーや。俺は数を淡々と数えながら思う。

 一生懸命になっている子どもたちが、とてもこっけいに見えてしまう。

 二つしか年が違わないし、自分もまだ子どもなのに……俺って性格悪いな。



「さんじゅごー、さんじゅろーく、あっ……。」



 ぼんやりといろんなことを考えながら数えていると、30秒を超えてしまっていた。

 辺りを見渡す。将人の姿も陽子の姿も見えない。

 俺は不敵に笑う。これくらいハンデがなけりゃ、楽しめないよな。



 この時、俺は知るよしもなかった。

 良くないことは突然にやって来ることを……。




























「あーくそっ、ここにもいねぇ。」



 探し始めてもうずいぶん時間がたっている。


 将人たちの年なら、かなり隠れる場所は限られてくるはずなのに、一向に見付からない。むしろ、もう思い当たるところがなくなってきていた。

 町営グランドを囲んでいるのは、細い樹が集まった雑木林で見通しは悪くない。夏だからか、葉っぱをたんまりつけているが……。


 まぁその分、太陽の光も存分に降り注いでいてとても明るいので、見付けやすい環境は整っている。

 だが、見付からない。



「ったく、どこにいるんだよ。」



 特に不安はなかった。

 だが、見つけたときの将人たちの反応が気になる。

 俺を遅いよ、と笑うだろうか?

 それはちょっと腹立つな……。


 太陽はまだまだ高く、暑い。

 汗をぬぐって木陰に入ると、途端にその光は、俺を夢の世界へいざなうかの様に優しく降り注ぐ。



「一眠りすっかな……。」



 俺はゴロンと寝そべった。

 時折吹き抜ける風が、最高に心地よい。俺は誘われるままに、夢の世界へ沈んでいった。






















「……ちゃん…っ!…っちゃんってば!!起きてよ、なっちゃん!!」



 夢の世界から引きずり出そうとする、悪魔の声がする。



「ねぇっ、なっちゃん!起きてよ!!」



 ん……将人…?


 将人の声が俺を起こそうとしている。くー、この小悪魔めぇ……。

 わかったて。今起きるから、ちゃんと鬼するからな……鬼?…あぁ、鬼ごっこしてたんだな。

 あれ……?陽子は?



「あー…将人?」


「あっ!なっちゃん、大変だよっ!!陽子ちゃんがっ!!」



 俺は上半身を起こしながら、将人の声を聞いていた。


 太陽は雲に隠れ、あたりが少し暗く見える。いや、実際に夕刻が訪れようとしているのだ。



「陽子がどうしたって?」


「陽子ちゃんが、陽子ちゃんが、落っこちちゃうよぅ。」



 将人は半べそをかいている。


 落ちるって、どこからだよ?この辺には危険ながけも段差もないはずだぜ?



「落ち着け、将人。どこにいるんだよ、陽子は?」


「…こっち。」



 そう言って、将人は走り出す。一生懸命走っている姿を見ても、今は面白いとは思えない。

 何かとんでもないことが起こっている気がして仕方なかった。


 前を走る少年の遅さがじれったい。肩で呼吸をする少年が、とても脆く見える。



「……あっ、あそこっ!!」



 将人が息を切らして走りながら指さす。ブロック塀にかけられた立ち入り禁止のプレートが目に入る。


 確か、あの中は……。


 ブロック塀の中に入る。かなり古い井戸がそこにはあった。

 ホラー映画なんかで、その中から怪物の一つでも出てきそうな井戸のふちに、小さな指がかかっている。



「陽子っ!!」


「……あ、お兄ちゃん。…ごめんなさい。」



 こんなときに謝るなよ!!


 怒鳴りたかったが、口から出た言葉は思った以上に穏やかだった。



「いいか?すぐ助けてやるからな、頑張れよ。手ぇ、離すんじゃねぇぞ。死んでもつかんでろ。」


「…うん。」


「陽子ちゃん、頑張って!」



 将人が、陽子の片手をつかむ。

 俺もその手をつかもうとしたとき、



「きゃぁっ!?」



 陽子の手にカエルが乗り、手を離してしまった。



「うわぁ!?」



 将人も陽子に引きずられるようにして、穴へと吸い込まれていく。



「将人っ!!」



 俺は将人の足をとっさにつかんだ。

 二人分の体重が腕に効く。



「ま、将人ぉ、絶っ対にっ、手ぇ離すんじゃねぇぞ!!」


「っ……わかったぁ。陽子ちゃん、頑張って!!」



 俺は井戸のふちに手をかけ、腕に力を込めた。

 そして一気に引っ張りあげる。将人の体が出てきた。

 陽子の手を俺もつかもうと手を伸ばす。



 ギシッ……ミシ。



 ……うん?



 何か、変な音がする。

 音の方へ目を向けてみると、井戸の上に掛けてある桶が今にも落ちてきそうだ。


 頼むから、落ちてくんなよ……。祈るようにそう思った瞬間、



 ブッツン。



 嫌な音を立てて脆くなったロープが切れ、将人と陽子の上へ落ちていく。



「やべっ。」



 俺はそれを受け止めようと手を伸ばす、が……。


 ズルッ……



「うわっ!?」



 ゴンッ……バシャッ。



 草に足を滑らせ、見事に桶が俺の頭に直撃した。


 ……もう、どうにでもなれっ!!


 半ばヤケで、陽子を引き上げる。

 桶にたまっていた雨水を見事にかぶり、髪からポタポタ落ちた。うっとおしいことこの上ない。



「大丈夫、陽子ちゃん?」


「うん。ありがとう、将人くん。」



 俺の隣で将人と陽子は、のほほんと生還を喜んでいる。


 ま、無事でよかったな……。


 といった感じで、とりあえずは一件落着、といけば良かったんだけどな……。


 その後に事件が起きた。


「お兄ちゃんも、ありが……きゃぁ!?」


「うぇ!?なっ、なっちゃん!?」


「……何だよ?」



 将人と陽子が俺の方を見て顔を引きつらせた。

 特に陽子は酷い。耳をつんざくような叫び声を上げている。


 一体、何だってんだ?



「なっちゃん、頭にカエルが乗ってる……。」



 将人が言う。

 俺は恐る恐る頭に手をやった。ぐにゅっ、とした物体が乗っている。

 それをつかんで見てみた。



「げこっ。」


「げろっ。」


「げぇこ。」



 カエルが3匹……俺の手の中に…。



「うわぁっ!?」



 すぐにそれを放る。


 が、あろうことか俺は、陽子の方へ投げてしまった。



「いやぁぁぁぁあっ!!」



 陽子の叫び声が響きわたる。

 将人は慌てて、陽子についたカエルを取ってやる。



「おっ、お兄ちゃんのバカぁ!!……お兄ちゃんなんか、お兄ちゃんなんか……大っ嫌いや!!」




































「………という訳だな。」



 俺は話し終えると、必死で笑いをこらえている拓真に一発見舞ってやった。



「いてっ……そりゃぁ、捺芽。お前が悪いだろ。」


「そんなことねぇ。陽子があんな危ねぇところに行かなけりゃ、あんなことには……。」


「そっかぁ、だから陽子ちゃんカエルがダメなんだな……そーいや、お前もか。」



 そう言って、拓真はニヤリと笑う。



「いつか理科室でカエル飼ってもらおう。理科の授業がきっと楽しみになるぜ?」


「てめぇ、殴るッ!!」



 そう言って、俺は拓真にこぶしを向けた。


 が、それをひらりとかわし、拓真は立ち上がった。



「おー、コワッ。……さっ、みんな柔軟終わりー。ダッシュに入れー。」


「てめっ、逃げんなコラッ!!」



 そう言って立ち上がった時だった。

 将人の姿が目に入ったのは……。


 すぐさまその背中に向かって方向を変えた。



「おっ、おい……捺芽!!……ちょっ、田川!後任せた。」


「えー、またかよぉ。」



 不満げに言う田川を無視して、慌てて拓真が追い掛けてくる。




「……まぁーさとぉー!!」


「ぎゃわぁ!?はっ、萩先輩!!」



 後ろから首を締め上げると、面白い奇声が返ってくる。



「将人、今の声すげぇ。」


「あ、弟くんだぁ。……どう、しっかりやってる?」


「……はい、おかげさまで。」



 首を締めたまま尋ねると、弟くんは苦笑しながら答えた。


 倉田集―――ちゃんと名前は知ってるけど、なかなかクセは抜けない。



「そっ、気が変わったらおいでよ?いつでも待ってるよん。」



 弟くんは、ははは……と乾いた笑いをした。


 俺たちから逃げ切るなんて、ますます惜しい人材だけど……約束は約束だし。



「は、萩先輩ぃー。くっ、苦しいですぅ。」


「……あーあ、また将人いじめて。」



 俺が将人の言葉を華麗に無視していると、やってきた拓真が呆れて言った。



「……ていうか、将人いじめは八つ当たりじゃねーのか?」



 拓真の言葉に、精一杯抵抗をしていた将人がおとなしくなる。

 そして、必死で顔を拓真の方に向けた。



「や……八つ当たり?何の話っスか、それ?」


「話したらソッコー殴るからな、拓真。」


「……だってさ、将人。」



 睨みを聞かせて言うと、拓真は肩をすくめた。



「何なんスかぁ、それ!?八つ当たりでコレ、酷くないっスか!?」


「……正当な主張だな。」



 苦笑しながら拓真も同意する。……余計なこと吹き込みやがって。



「……捺芽ーっ!!」



 その時、うんざりするような声が聞こえた。


 俺をはじめ、将人と佐野とかいう男子はため息をつく。


 陽子め……。


 心の中で恨めしくその名を呼んで、空を仰いだ。



 今日も空は青い、入道雲が白く俺の目に染みた。







 The End...

これにて『タイム!!』はハッピーエンド(?)です。            最後まで読んでくださってありがとうございます。 という訳で、一同…礼っ!            「「ありがとうございましたーっ!!」」

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