最後の逃走劇。
途中で視点がかわるので、読み辛いかもしれません。ご了承ください。
足音が遠ざかる。
息を殺していた俺は、緊張を解いてゆっくりと息をはいた。
今、俺がいるのは屋外。
中庭の貯水タンクと壁の間にある植え込みの中にいる。
じっとしていれば大丈夫なのだが、少しでも身じろぎしようものなら細い枝が全身を突っついた。
それほど痛くはないが、やはり居心地は悪い。
おまけに女子の制服から着替えようにも、そんな場所も時間もないので余計に居心地が悪かった。
さらに良くないことに、さっきからやけにラグビー部員がうろうろしている。
なんでも、萩先輩の指令かしい…。
白河先輩が校舎内で捕まったということは、俺は屋外にいる、との予想だそうだ。
ははは…さすが萩先輩、大当たりー。
そんなことを考えて苦笑いした後、ため息が出た。
「いいのかっ、捺芽!?あの二人…。」
階段をかけ降りながら、拓真が尋ねてくる。
あの二人っていうのは、白河と将人のことだろう。
「関係ねぇよ。時間もねぇし、急ごうぜ。」
俺たちは今、外に向かっている。
残り時間はあとわずか。
俺は、少し焦っていた。
あの弟くんのことだ。
仮に見つけたとしてもご自慢の走りで逃げるだろう。
俺や拓真なら追い付けないこともないかもしれないが…他のやつらじゃ不安だ。
「…時間、やばいな。」
隣で拓真がつぶやく。
ちらりと見ると、複雑な表情をしていた。
「捕まえるさ、必ず。」
俺は自分に言いきかせるように、小さな声で言った。
ふと卒業式のことを思い出す。
「泣くなよ、萩ぃ!!」
突然、孝介先輩がやって来て笑いながら言った。
「…泣いてませんよ。」
「うそこけ。…本当、可愛げのねぇやつだな。」
俺が言うと、孝介先輩は笑いを苦笑いに変えた。
「先輩には、イロイロ可愛がられた記憶しか無いんですが…。」
そう言って、満面の笑みを向けてやった。
孝介先輩は頬を引きつらせる。
「ま、まぁ…今度の一年坊主でも可愛がってやれよ?…ほれ。」
そう言って孝介先輩は、一枚の紙を差し出してきた。
「何ですか?これ。」
見たところ、入部届みたいだ。
保護者の欄には、孝介先輩の名前が書かれてある。
…汚い字だ。
「俺の可愛い弟。…陸上の倉田集を預けるよ。」
「!?」
俺は目を丸くした。
倉田集…聞いたことはある。
確か、全国大会まで行った実力者…だったよな?
「よろしく頼むぜ、次期キャプテン!」
力強く叩いてきたので、肩が痛い。
思わず眉をしかめた。
「……俺、キャプテン嫌です。」
面倒くさいから。
その言葉はかろうじてのみ込んだ。
だけど孝介先輩はあ然といった顔で、まじまじと見てきた。
その顔がおかしくて、不謹慎にも笑ってしまう。
「…萩、お前な…」
「でも、弟くんは任しといてください。」
孝介先輩の言葉をさえぎって、にやりと笑う。
不意をつかれた顔をしたが、孝介先輩もいたずらっぽく笑った。
…なのに、何だよこの状態は。
聞いてないにもほどがある。
今、走っている自分にため息。
無責任すぎるぜ。
この俺を引っぱり込んどいて。
これで捕まえられなかったら…責任取ってもらいますからね、孝介先輩。
「よし、行こうぜ捺芽!」
いつの間にか一階に着いていたようだ。
俺の方を見て、拓真が言ってきた。
「…なっ。」
その時だった。
俺の視界に、いるはずのない人物が入ってきたのは。
タイミング良く鳴ったチャイムの音が、妙に遠くに聞こえた。
『もうすぐ下校時間です。部活をしている生徒、教室にいる生徒はすばやく片付けて下校しましょう。』
集は、その放送に敏感に反応した。
ってことは、あと10分。
次のチャイムまで逃げ切れば、終わる。
よっしゃ!
心臓が高鳴る。
喜びと、残り10分という時間の長さに対する不安のせいだ。
大丈夫だ。
自分を落ち着かせる。
大丈夫。
ここにいれば、見つかる可能性はほとんど0パーセン…
ザッ…
俺の目の前に、二本の足がうつる。
え゛…。
顔を上げる。
痛いだの考えている余裕はない。
じっと目を凝らした。
薄暗い中にいたのは、ラグビー部副部長の…
「…田川、先輩?」
「弟くん、みーっけ。」
嬉しそうに言いながら、田川先輩の腕が俺に伸びてくる。
「うぇっ、まじっ?」
俺は、とっさに後ろに飛びのく。
バキバキと虚しく音を立てて細い枝が折れる。
が、スカートのすそがその折れた枝に引っかかってしまった。
「うわっ!?」
走り出そうとした俺を枝が引き止め、転びそうになる。
田川先輩が植え込みの向こうから手を伸ばすのが、ちらりと見えた。
俺は慌ててスカートを強引に引っぱった。
ビッ、とスカートが縦に裂けて植え込みから解放される。
「弟くん、いたぞ!!」
無我夢中で走り出す俺の後ろで、田川先輩の声が聞こえる。
校舎の角を曲がったところで、やって来たラグビー部員とぶつかりそうになった。
俺は冷静に、左足でステップしてそれをかわす。
頭の中で考える。
この状態で隠れるのはもう不可能だ。
じゃあ…走って逃げ切るしかない。
少しスピードを落とした。
全速力じゃ、もたない。
時計を見上げると、あと7分。
やばい。
もう、息が苦しくなってきた。
今まで体験したことのない緊張感が、胸を詰まらせる。
うまく息が吸えない。
後ろから足音が近付く。 それに、前からも。
前から来る4、5人のラグビー部員を見た。
心に沸き立つ不安が大きくなる。
俺は、あの人たちを抜けるだろうか…?
その答えを知りたくなかった。
否、本当はわかっていたのかもしれない。
今の自分には、無理だということを。
もう十分がんばったじゃないか?
自分の弱い声に耳を傾ける。
ラグビー部員相手によくやったよ、お前は。
走っていた足が次第にゆっくりとなり、止まる。
足音がどんどん近付いてきた。
はい!! というわけで、タイムリミットはあとわずか! 萩先輩の前に現れた人物とは!? 半ば戦意を失ってしまった集はどうなる!? あと2話+おまけ(!?)で終わる予定です。 最後までお付き合いいただけたら嬉しいです。 評価・感想待ってます。




