悪魔だって忙しい。
白河先輩と時間差で教室を出ると、女の先輩がついてきた。
「…あの…」
「変な動きはしないで。…私は陸上部の古後よ。夏原に頼まれたから、逃げ切るわよ。」
夏原…あの部長のことか…。
その名前を聞くだけで、怒りが込みあげてくるのはなんでだろうな。
「あの、俺白河先輩に指示を受けてるんですけど…。」
「じゃあ、それに従って。私はサポートするだけだから。」
あっさりと切り捨てるように古後先輩は言う。
返す言葉もないので、俺は歩き続けた。
今のところラグビー部員たちにも会ってないし、怪しまれてもいない。
なんか、男としては複雑なんだけどな…。
このままなら、いける。
そう思いながら階段にさしかかった時だった。
悪魔のような声が聞こえたのは…。
「将人ぉ、お前が女子の制服着ても可愛げがないんだよ！」
「好きれ着てるんひゃないんれす！…ってか、頬をつねらないれくらふぁい！」
萩、先輩の声…だよな？
俺は反射的に階段から後ずさった。
「白河先輩も、見てないで助けてくださいよ！」
「…え？あ…ああ、何？」
えっ！？何で…白河先輩の声がするんだ？
「あー…将人からかうのも飽きたし。…そろそろ本気出さないと時間ないかなー？」
「って、コラ捺芽！今まで本気じゃなかったのかよ！？」
あ、これは部長さんの声だ。
ってええ！？
何か下の階にオールスター集合しちゃってます！？
ヤバイ…ヤバイよなコレ！
「…とりあえず、この二人は上の階で監視だな。」
うそ！？
上の階って、ここのことですか！？
いくら今女子の制服姿だとはいえ、萩先輩ならばすぐに見破るだろう。
そうなったら、本当におしまいだ。
逃げなければ！
直感的にそう思ったが、この階の階段はこの場所しかない。
奥に逃げれば、行き止まりだ。
ど…どうすればいいんだ。
「…って訳で、拓真任せた！」
「ええっ、俺っ！？」
「いいじゃん、俺忙しいし。」
「俺だって忙しいよ！…って逃げるなこら！」
「弟くんは任せとけぇー。」
萩先輩の声が遠のいていく。
とりあえず、最悪の事態はまぬがれたみたいだ。
力を抜いて、ほっと一息ついた。
「集は女装してるのか…ややこしいなぁ。」
だが、部長さんの一言でそれはつかの間のものとなる。
すぐに階段を上がってくる音がする。
マズイって！
奥に逃げるか！？
でも動けなくなるし…。
一か八か階段を下りてみるか！？
いや、危険すぎる！
くそっ、どうすれば…。
「…来て、早く！」
その時、古後先輩が俺の手を引いた。
そして連れてきたのは…
「なっ…ええ！？」
俺は言葉を失った。
そこは、階段のすぐ近くにあった。
そして今、目の前には女子トイレのプレート。
こっ、ここに…入れと？
「何してるの？早く！来るわよ！」
「や、でもっ…ムリですよ！！」
ささやき声で言い合う俺たち。
女子トイレですよ？
男として、許せない。
俺自身のすり減ったプライドが、必死でとどめさせた。
確かに女子の制服は着ているよ？
でも、コレを譲ってしまったら…俺は男としての自分を見失う！
「いいからっ、来なさい！」
そんな俺の気持ちもつゆ知らず、古後先輩は俺の腕を引っ張ってくる。
「絶ッ対ムリ！！」
俺は必死にふんばってとどまる。
その時、後ろの方で将人たちの声がした。
いつの間にか上がってきたらしい。
ぎょっとしてその方を見た。
先頭を歩いているのか、白河先輩が姿を現す。
俺の姿を認めたようだ。
目を見開いて、一瞬動きが止まった。
「くっ…仕方ないわね。…あまり、気は進まないけど…っ！」
「っ…わっ！？」
将人たちに気を取られている俺を、古後先輩は乱暴に引っ張る。
そして、中に押し込んだ。
バタン！
背後でドアが閉まる非情な音。
ああ…。
俺は頭をかかえて、しゃがみ込んだ。
いろんな意味でピンチに陥った集！！ 無事逃げ切ることができるのか！？ 評価・感想待ってます。
