表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
タイム!!  作者: 音無奏
32/48

やっぱり、好きなんだ。

 放課後。



 将人、侑希、佐野の三人は入部届を出しに行くと言い出した。

 無論、俺は出すことができない。


 それほどまでに、話はとんでもなく大きな力に握られていた。


 仕方なく、薄情な三人を置いて俺は先に帰ることにした。

 とはいえ、家に帰っても多分落ち着くことなどできないだろう。


 俺は、町営グランドで時間をつぶすことにした。

 グランドの土を踏んだ途端ザワ、と全身の血が騒いだ。


 入学式の日のことを思い出す。


 あれは…あの声は何だったのだろう?

 どうして今は聞こえないのだろう?



 ためしに軽く走ってみた。


 だけど、違った。


 あの時のように体が動いてくれない、ずしんと重かった。


 カバンを無造作に放る、一度深呼吸をした。



「…走る。」



 自分に告げるようにつぶやいた。

 そして走り出す。


 だが、体はなかなか速く走ってくれない。


 俺は焦りを感じていた。



 こんな状態では、明日はどうなるのか―――と。



 まっさらな学ランを脱いだ。

 薄いTシャツは少し肌寒い。


 だけど、今は早くあの感覚を起こさなければならない。



「…くそっ!」



 俺は無我夢中に走り出した。


 焦燥感だけがそのうちにあって、走ることは苦痛でしかなかった。



「…っ、ぜぇ…はぁ、はっ…。」



 しばらく走り続けて、その場に膝をついた。


 荒い息が続く。



 …苦しい。



 うまく息ができなかった。




「…わん!」



 突然、犬の声がした。


 慌ててそのほうを向いて驚いた。



「…っ、佐野?」



 犬のリードを引いている少年の名前を俺は呼んだ。



「あ、倉田やん。奇遇やなぁ…て、自分まだ帰ってへんの!?」


「あ…まぁな。」



 言われて気付いた自分に苦笑した。


 俺、制服でなにしてんだろ…。



「わん!」



 一言鳴いて、そいつは俺にすり寄ってきた。


 人懐っこいやつだ。

 飼い主に似るっていうのはまんざら嘘じゃないみたいだな。



「こいつ、お前のだろ?」


「ああ、ゴンタ言うんや。なかなか可愛らしやろ?」


「だな。名前と全然合ってない。」



 俺が言うと佐野は、ほんまにな、と笑った。



「ところで何してんねん?こんな時間まで帰らんと。」


「何…って、家帰ってもすることねーし…。」



 俺は口ごもった。

 自分でも何をしているのか、よくわからなかったのだ。


 ふーん、と佐野はつぶやいて、俺のそばにしゃがみ込んだ。


 ちょうど、目が合う高さだ。



「…もしかして、倉田緊張しとるんやないか?」


「は?」


「家にいても落ち着かへんさかい、ここでがむしゃらに走っとるをやないか?」



 佐野の瞳が俺の瞳を見つめてくる。


 俺は…そらせない。


 妙な息苦しさを感じた。



「…走らへんと落ち着かん、速うないと安心でけへんのやろ?」


「何を…勝手に…。」



 自分の口から出た、かすれた声が嫌だった。



「わかる気ぃするんや。…何や、試合前のあの感じに似てへんか?」



 試合前…。


 鼓動が、うるさいくらいに高鳴って…全身が走りたい、走らせろと俺をつき動かそうとする。


 …確かに、似てるかも知れないな。


 だけど…



「違うよ。…そんなものじゃない。」



 否定してしまう。


 そんな容易に自分の心の内を知られたくなかった。


「…嘘やな。走るんが好きでたまらんやつや、お前は。」


「なっ!」



 嫌だった。


 好きだろ?


 俺のことなのに、どうしてそう断言する?


 嫌いだろ?と問われたら、素直に肯定できる。

 だが、好きだろ?そう問われたら…反発してしまう。


 良くわからないが、何か特別な気がするのだ。


 何か言い返してやろうと口を開こうとしたとき、佐野が笑った。

 笑いながら、先に口を開かれた。



「だってよー…走っとる時の倉田の顔、ほんま楽しそうやもんな。あ、走るのって楽しいことなんやな、て思わせるくらいにな。」


「…っ。」



 言い返せなかった。

 ここまで言われて、返す言葉など見つけられなかった。


 厚い仮面の表面だけを、俺の印象としてくれればいい…そう思う。


 だが、こいつはズケズケと俺の内部に入り込んでくる。

 仮面を引き剥がして、驚く俺に笑いかけてくる。


 …いやだ、こいつが。



「…うわっ!?こら、ゴンタ!ちょっ…わかった、わかったて!ほな倉田、また明日な!」



 突然、佐野が立ち上がって驚いた。


 急に走り出したゴンタに引きずられるように、佐野は遠ざかっていく。



「はぁ…。」



 思わず、ため息が一つ出た。



「…帰るか。」



 しばらくぼう然としていたが、つぶやいて立ち上がった。

 いいくらいに日が傾いている。




―走れよ。―




 学ランを着て、カバンを持ったとき唐突にあの声がした。



―走れよ。…好きだろ?―


 “好きだろ?”その言葉はあまりにも不意打ちだった。


 はっと息をのむ、がすぐに吐きだした。


 そして笑う。



「ああ…好きだよ。だから、走る。」



 俺はあっさり肯定して走り出した。


 軽い…っ。

 体が、心が…すべてが。

 スイスイと前へ進めた。


 やっぱり、楽しいよ。

 やっぱり、走るのが好きだ。


 …走りたい、フィールドで!

 だから…明日は絶対に逃げ切ってみせる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ