知らぬ間に、歯車は動き出す。
「どうする?部活見てくか?」
俺は立ち尽くす将人たちに言った。
早くこの居心地の悪い場所から立ち去りたかったのだ。
だが、うーん、とうなるだけで誰も答えようとしない。
俺は何も言えずに、ただ立ち尽くすしかなかった。
「…部活なら、見に行く必要ないぜ。」
突然、萩先輩は俺に向かって言った。
「何でや?…いやっ、何でですか?」
すぐさま佐野が問い返した。
将人も侑希もそちらを向く。
「何でって、うーん…。説明、面倒くさいなぁ。…峰川にでも聞いてくれよ。」
萩先輩はさも面倒くさそうに言う。
「峰川先輩?…何であの人が。」
将人が不思議そうに聞き返す。
俺はそれが誰なのかわからないねで、何の反応も示せない。
「なぁ、誰や?峰川先輩って。」
「…わかんねぇ。」
隣の佐野がささやきかけてくるが、俺も知らない。
「ったく、ナオはともかく集!お前はもっと周囲に関心を持て。峰川先輩知らねぇって、ありえねぇ!」
地獄耳である将人が、バカにしたように言ってきた。
「峰川先輩は、さっき俺たちと一緒に来た先輩。…陸上部の副キャプテン。」
侑希が説明してくれる。 将人と違ってすごく親切だ。
「へー、あの先輩なぁ。…ほんで、部活見る必要ないんと、その先輩どんな関係あるんや?」
「…だから、あさって弟くんの入部権をかけて、校内鬼ごっこ対決わするからだよっ。わかった?」
萩先輩が大げさにため息をついて説明してくれた。
つまり、俺たちの会話を聞いてる方が、よほど面倒くさいということか。
っていうか、何でそんなことになってんの!?
「鬼ごっこっ!?…俺の、入部権をかけて?」
俺は意味が掴めずな聞き返す。
おいおい、俺の入部権ってそんなことで決まる訳?
「鬼ごっこて、鬼は誰なんやろ?」
佐野はやる気あるらしい。
…人ごとだと思いやがって!
「鬼?もっちろん俺たち、ラグビー部員に決まってんじゃん。…ちなみに、逃げるのは弟くんな。」
「んなっ…俺っ!?」
「当たり前じゃん。」
なぜそこで俺が出てくるのかわからなかった。
ラグビー部と陸上部の対決なんだろ?
「それじゃあ、俺たちが不利だよ。」
「そうだそうだ、集が負けちまう!!」
お前たちもやる気あるのか!?
おいっ、誰か気付けよ、根本的なところに!!
「負けないように、峰川と作戦立てるんだよ。…まぁ、無駄だろうけどな。」
余裕の笑みを浮かべて、萩先輩は言った。
「じゃ、またね弟くん。今度会うときは、ラグビー部員としてかな?」
最後にそんなセリフを残して萩先輩は、部室の中に入って言った。
俺はため息をつく。
どうやら、とうに俺の決定権は消え失せているようだ。
俺を中心として、重い空気が漂う。
「…ほんなら、行こか。」
その空気を佐野の言葉がかき消した。
俺は佐野の方を見る、目が合った。
佐野は笑いかけてくる。
俺は思った。
こいつはいつも唐突だ。 その上、何を言わんとしているのか読めない。
でも…
「行くって…どこに?」
俺は聞き返した。
それを待っていたかのように、佐野は口を開く。
「峰川っていう副キャプテンのとこ。」
「…そーだな。今はそうするしかねぇよな。」
将人もそれに賛同した。 侑希もうなずく。
でも…こいつはキッカケを作ってくれる。
俺たちの誰も持っていないお気楽さを、こいつは確かに持っている。
とりあえず、峰川先輩に会いに行った。
だが…
「作戦?それなら…もう、大体は決まっている。…とにかく倉田、お前は何がなんでも逃げ切るんだ。サポートは、ちゃんとする。」
それだけ、言われた。
峰川先輩を信用していない訳ではないが、さすがに不安になる。
「そない不安そうな顔したらあかんわ。俺たちもサポートするさかい、なっ?安心せぇ。」
帰り道、佐野が俺の顔をのぞき込んで言ってきた。
俺、どんな顔してたんだろ?
「うん。集がラグビーなんて…心配だし…。」
「…萩先輩の思い通りにはさせねぇ。…いっつも俺を叩くし、蹴るし、殴るし…。」
侑希も不安そうな顔ながらも、安心させるためか笑みを作った。
将人は何かぶつぶつ言い続けている。
不安がまったく消えた訳ではないが、気持ちが軽くなるのを感じた。
「…お前らじゃイマイチ不安だけど…頼んだぜ。」
「せいぜい、お前の鈍足のせいで捕まらないようにしとけよ。」
「うるせぇ。」
俺の言葉に、将人たちがへへへ、と照れたように笑う。
まぁ、いいや。
なんとかなるさ。
今は、現実をちゃんと受け止めよう。
今、そんな風に思っている自分が、何だか不思議だった。




