つかめない男。
結局、あんまり眠れなかったなぁ…。
大きなあくびをしながら、集は町営グランドを歩いていた。
雲の間から差しこむ朝日に照らしだされたグランドがキラキラと輝く。
その光が寝不足の目にまぶしく入り、ずきずきと鈍い痛みが起こった。
眠れなかった分、早めに学校に向かっているので時間には余裕があった。
「はぁ…。」
ため息をつく。
学校に行くのが憂鬱で仕方なかった。
入学二日目にしてこれだ。これから大丈夫かと本気で不安になる。
「…弟くーん!」
背後で声がした。
反射的にびくりと体がこわばる。
自分のことをこのように呼ぶ人間は数少ない。
そしてそれは、今最も会いたくない人物にほかならなかった。
ぽん、と肩を叩かれる。 すばやくそれを振り払って、走り出そうと思いっきり地面を蹴った。
「おっ、おい。待てや倉田!俺や、俺っ!!」
俺の肩を叩いた手が、慌てて腕を掴んできた。
驚いて振り向く。
目の前にいたのは、紛れもなく佐野だった。
俺が振り向くと、おはよう、と笑いかけて来る。
はぁ…、ため息と共に体の力を抜く。
そして、掴まれていない方の手で相手の肩をパンチした。
いてぇ…と声を上げて、何や、いきなりー…と不満顔で問いかけてきた。
だが、その声を軽く無視して言った。
「お前までそんな呼び方するなよ。」
笑いながら、悪いな、と謝った後佐野は歩き出した。
俺もその隣を歩く。
グランドを抜けるまで何も話さなかった。
人見知りの激しい俺は、まだ佐野と話すための話題が見付からなかった。
嫌な沈黙が流れる。
すると、突然佐野が吹き出した。
人通りの少ない道で、その声はやけに大きく聞こえた。
「…どうしたんだよ?」
思わず尋ねてしまう。
「いやっ、倉田って…案外人見知りなんや、て思うてな。」
必死で笑いをかみ殺しながら、佐野は言った。
顔がこわばる。
たった二日で、お前に何がわかる?
声に出して問いかけてみたかった。
…でも、だめだ。
自分を人にさらけだしたくなかった。
ましてや、自分のことを知ったように言うやつなんかに…。
「あっ、悪い。…怒らせてしもたか?」
うつむき加減の俺の顔をのぞき込んで、佐野が言った。
「…へっ?あ、あぁ。全然。」
「そうか…?」
そしてまた沈黙。
結局、正門のところで侑希と会うまで何かを話すことはなかった。
教室に入るまでずっと、隣で侑希と佐野が昨日のテレビ番組について話していた。
「ほんなら、放課後な。俺、迎え行くさかい。」
「ああ。じゃっ、またな。」
佐野の言葉に侑希が答える。
「倉田っ。」
突然佐野に名前を呼ばれた。
ドアに手をかけたまま、顔を佐野に向ける。
「あのな…迎え、行くからな。」
改めて言う佐野に不思議そうな顔を向けながら、俺は答える。
「…わかったよ。」
佐野は満足そうに笑って、さっさと教室に消えていった。
何なんだ、あいつ?
佐野の行動が理解できず、しばらく立ち尽くしていると、背中を押された。
「…何ぼさっとしてんだよ?」
侑希が怪訝そうな顔で俺を見てくる。
わりぃ、と苦笑して教室に入った。
あいつと関わると、何か調子狂うな…。
俺は、そう思わずにはいられなかった。




