出逢い
―――カチャン…
―――カチャン…
小さな音をたてて、ルービックキューブが完成した。
小学校を卒業して1週間。在校生の終業式は明日で、元町営グランドはがらんとしている。もっとも、隣町と合併して新しいグランドができたので、休日であっても訪れる者はほとんどいないが。
そんな人気のないグランドに少年が一人いた。
完成したルービックキューブを、投げてはキャッチしている。木々の間から差しこむ光が、一瞬だけそれを輝かせた。
「…君、すげぇな。」
背後で声がした。
思いがけない声に、6色にそろった物体を受け損なって地面に落としてしまう。
それに構わず、少年は声のほうへ視線を巡らせた。
そして、細い枝の絡み合う中に浮いた存在をみとめた。
人の顔である。
まだ、幼さの抜けきれない顔。
その少年の目が真っ直ぐに自分の目を見つめている。他人の目を見るのが極端に苦手な俺は、一瞬眉をしかめた。
だが、目だけは離さない。目をそらしては…逃げてはいけない気がした。
静かな時間が二人の間を駆け抜ける。
だが、そいつはいきなり、短く息を吐いてにっと笑った。
俺は一気に脱力して、ベンチの下に転がったルービックキューブを拾い上げた。
体を起こすと、そいつはどうしてか俺の隣に座っていた。その上、兄貴から貰ったスポーツバッグの中に入れてあるはずのスパイクがその手の中にある。
一気に頭に血がのぼった。だが、口から出た言葉は意外にも冷静なものだった。
「…何を、しているんですか?」
自分の敬語じみた言葉がおかしかった。
だが、そいつは聞こえているのかいないのか、熱心にスパイクをいじっている。
使いなれて、足に溶け込むようになじんだスパイクを、そいつは勝手に触れている。俺は、それを奪い返そうと手を伸ばした。
すると、そいつは俺の手首を掴んできた。
そいつは涼しい顔をしているが、痛いほどに強い力だった。
半端じゃない握力だ。
俺がどうしようもなく睨むと、そいつはすっと視線を合わせてきた。
真剣な瞳にどきりとする。そんな俺に構わず、そいつはゆっくりと口を開いた。
「お前、走るんやな?…走るんだよな?」
これを使って…。
そう言って、片手に持つスパイクに目を落とした。
こいつも走るのか?
目の前の少年をいぶかしげに見る。
全体的にがっちりとした体つき。
…ムリだな。
俺は考えを改めた。
こいつは走らない…いや、走れない。柔道でもしてそうなやつの体だ。
…ならば、本当のことを言わなくてもいい訳だ。
「…さぁな。」
うそは、嫌いだった。
だから曖昧にかわしたつもりだった。
だがそいつは、手首を掴む手に力を入れた。鈍い痛みが走る。
「ほんまの事を言いや。はぐらかされへんで!」
うわっ、関西弁だ。
何なんだ、こいつ…すごい気迫だ。どうやって逃げよう…。
そんなことを思いながら、片手にあるルービックキューブを握りなおした。
「ほんまのこと…。そうだな…次、もう一度会えたら教えてあげる。とっ!」
言い終わるが早いか、ルービックキューブを投げた。少年の目の前を飛んでいく。
「うっ!?」
一瞬ひるんだようだ。
手首を掴む力が少し緩む。その瞬間、俺は手を振り払い、スパイクを奪ってスポーツバッグを掴んだ。
「…あっ、おい待てやっ!」
走りながらバッグを肩にかける。
そして細い枝の絡み合う森の中へ飛びこんだ。
待てと言われて待つバカがいるかってんだ!
そんなことを思った時、後ろで声がした。
「俺っ、佐野直一!絶対に、また会うてやるからなー!!」
佐野、か。
ありきたりな名字だな。
そんなことを思いながら、俺は走りなれた獣道を進んでいった。
一人きりになったグランドで、佐野直一という少年は考え込んでいた。
あの走り、絶対に走っとるやつのもんや。
あのスパイク、ほんまきれいに使われとった。
すげぇ、あいつやりよるで…あんなやつこんな所におるんか!
…あいつと走りてぇ。…けど、と少年は思った。
俺、なんにも知らねーしな、あいつのこと…。
「あっ…!!」
そういや、あのバッグ、名前書いとったな。確か…
「倉田、孝介。」
少年は声に出して名前を呼んだ。
倉田、か。絶対に会うてやる!!
少年は、倉田という少年が投げたルービックキューブを、こぶしと一緒に空につきつけた。
3月の終わり頃、快晴の空のもと二人の少年は初めて顔を合わせた。
見ず知らずの二人が再会を果たす日は、思った以上に早かった。
その日も、雲一つない快晴になろうとはその二人はもちろん、誰も知るよしもない。




